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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)1716号 判決

原告

甲野太郎

外一名

右原告両名訴訟代理人弁護士

児玉憲夫

飯田和宏

岩城裕

植田勝博

片山登志子

小谷英男

関根幹雄

田中厚

日高清司

三木秀夫

浅岡美恵

江角健一

村本武志

田端聡

清水英昭

峰本耕治

被告

シャープ株式会社

右代表者代表取締役

辻晴雄

右訴訟代理人弁護士

石井通洋

高坂敬三

夏住要一郎

間石成人

鳥山半六

阿多博文

主文

一  被告は、原告らに対しそれぞれ金一一〇〇万円及びこれに対する平成二年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その三を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告甲野太郎に対し、五二四九万四八七八円及びこれに対する平成二年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告甲野花子に対し、四三一五万五七六八円及びこれに対する平成二年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告ら

原告らは、後記火災で死亡した甲野春子(昭和四〇年二月二二日生、以下「春子」という。)の両親で、春子の相続人である。

原告甲野太郎(以下「原告太郎」という。)は、右火災当時、乙川夏子(以下「乙川」という。)から、大阪市平野区平野上町〈番地略〉所在の木造二階建建物(一、二階とも四九平方メートル、以下「本件建物」という。)を賃借し、自宅兼事務所として使用していた。

原告らは、平成二年六月ころから、被告製造にかかる一四型カラーテレビ(シャープ一四C―B一二E、以下「本件テレビ」という。)を本件建物一階事務所に設置して使用していた。なお、本件テレビは、原告らの娘婿である丙山次郎(以下「丙山」という。)が、昭和五八年六月ころ東京都秋葉原所在の家電販売店から購入したものを、原告らが平成元年八月ころ譲り受けたものであった。

(二) 被告

被告は、主としてテレビその他の家庭用電気製品の製造・販売を業とする会社であり、昭和五八年ころに本件テレビを製造し、流通に置いた。

2  本件火災の発生

平成二年一一月一八日未明本件建物から出火し、右建物は全焼した。そして、右火災によって発生した有毒煙により、右建物の二階にいた春子が窒息死した。

3  本件火災の原因

本件火災発生の原因は、本件テレビが発火したことによるものであり、その根拠は以下のとおりである。

(一) 本件火災前後の状況

(1) 原告らは、平成二年一一月一七日深夜から一八日にかけて、本件建物一階事務所において、本件テレビで「森脇・山田の抱腹Z」という番組を視聴していたところ、同日午前一時一五分ころ、突然、シュ、シュ、シュ、バンという音がしてテレビの画面が消えた。原告らは、当初、テレビ局の方で何か問題が起こって放映が中止されたものと思いしばらく画面を見ていたが、一、二分経過したころ、臭いがしてきたため、本件テレビの故障によるものであると考え、テレビのプラグをコンセントから抜いた。

(2) そして、原告太郎は、そのまま本件建物二階寝室に上がって、同じ番組を見始めた。原告甲野花子(以下「原告花子」という。)も、原告太郎より二、三分遅れて二階の寝室へいった。原告らは、右番組の終了する同月一八日午前一時四五分ころ、原告らの寝室の隣の部屋にいた春子が「変な臭いがしている。」と叫び声をあげたので、本件テレビから出火したものと思い、一階へ下りようとしたが、その時には二階の廊下は既に煙で真っ黒で何も見えず、寝室から出られる状態ではなかった。

そこで、原告太郎は、二階物干場から一階に飛び降り、一階室内に入ろうとしたが、その際、本件テレビの設置されていた事務所側に黄色い炎が上がったのを確認している。

(二) 消防署の実況見分及び出火原因判定

大阪市平野消防署は、本件火災の後、火災現場の実況見分を行って実況見分調書を作成し、更に出火原因について火災原因調査報告書を作成している。

(1) 右火災原因調査報告書によれば、平野消防署は、実況見分の状況及び関係者の供述から、出火箇所を本件テレビが設置されていた本件建物一階事務所北西付近と認定している。

(2) そして、平野消防署は、出火原因について、火源となるものとして、①本件テレビ、②屋内配線、③コンピューター関係、④足温器、⑤煙草、⑥放火を挙げ、個々に検討している。

そのうち、①本件テレビについては、「東京消防庁警防部調査課編著の「電気と火災」には、テレビの出火危険性について、高圧発生回路で放電し、塵に着火した場合、抵抗やコンデンサーの絶縁が劣化し、定格以上の電圧がかかり、あるいは電流が流れた場合をあげている。同書には、テレビの出火原因を究明するには現場調査とともに前駆現象に注意することが大切だとして、いくつかの発生状況を挙げており、甲野夫婦の供述に近いものをこの中から抜粋すると、高圧部から発火する場合の症状として『テレビがパチパチ又はシューと音を発して異臭のするとき』があり、このような症状があった場合には、火災予防のためにスイッチを切ることと注意している。甲野夫婦は、テレビが消えた後直ぐにコンセントからプラグを抜いているため、この注意事項は守っており、テレビからの出火は防止していたことになる。しかし、コンセントからプラグを抜く前に、既にテレビの内部に溜まっていた埃などに着火していればプラグを抜いても出火は防止できない。」との理由から、出火の可能性を否定できないとしている。次に、②屋内配線、③コンピューター関係、④足温器、⑤煙草については、いずれも出火原因とは考えられないと断定している。最後に、⑥外部者による放火が検討されており、「一階便所の窓については施錠状況について見分していない。窓や入口扉は大半が消失しているが、北側はシャッターが閉められてあり、西側には面格子、勝手口は施錠が確認されていることから、出入りするとすれば便所であり、幅五〇センチメートル弱で高い場所にある窓から侵入して放火することも可能であり、これによる出火の可能性を否定できない。」との理由から放火の可能性もあるとしている。

しかし、放火の可能性については、右便所の窓には一階事務所や台所の他の窓と同様防犯用アルミサッシ製の格子が取り付けられており、外部からの侵入は不可能であったし、また、一階南端にある便所の窓から侵入して、自己の逃走路を確保しないまま一階北側の本件テレビが置いてある所まで行ってこれに放火し、その後また右便所に戻って逃走したというのは、放火犯の行動として極めて不自然であり、放火の可能性は到底考えられないから、本件火災の原因は、本件テレビからの出火によるものというほかはない。

(三) 本件テレビの危険性

本件火災が本件テレビからの出火によって発生したものであることは、テレビがもともと発火の危険性を有するものであり、また、これまでに、被告製造にかかるテレビから多くの出火事故が発生していることによっても裏付けられる。すなわち、

(1) 消防庁の平成元年の火災年報によれば、電気機器(電熱器等を除く)からの発火事故は九二四件あり、その内テレビが五五件を占めている。また、国民生活センターの危害情報部には、平成三年一月一日から平成八年一月末日までの五年一か月の間に、テレビから火災が発生した事故あるいは発火した事故の通報が九七件も寄せられている。更に、通産省の事故収集制度報告書にもテレビによる事故の事例は数多く記載されており、テレビがもともと発火の危険性を有するものであることは明らかである。

(2) また、右国民生活センターの危害情報部に集計されている九七件のうち二三件(約四分の一)は被告製造にかかるテレビによる事故であり、本件テレビと物性及び燃焼性が同じであると被告が主張している一四C―B一一E型の発火寸前の事故及び発火した事故も各一件報告されている。更に、被告は、平成八年四月一一日被告の昭和六一年から平成二年までの間に製造されたカラーテレビ一一機種、総生産台数一一万四八三六台につき、「偏向回路の半田付部分に不十分な点があり、発煙・発火の懸念があることが判明した。」旨の社告を出していることからしても、被告製造にかかるカラーテレビに発火の危険性があることは明らかである。

(3) 国民生活センターの収集した危害情報で、テレビから火災が発生しあるいは発火した九七件の中で、本件火災と同様、コンセントを抜いてから火の手があがるまでかなりの時間を要した事故があり、コンセントを抜いた時点で既に発煙していたにもかかわらず火の手があがるまでに一〇分程度要したものもある。

4  被告の責任(その一)――債務不履行責任――

(一) 契約責任の根拠

(1) 直接の売買契約

製造者は、消費者に対する販売価格さえ定め、自己の商標を付した商品を系列の販売店を通じて流通に置き、消費者に販売しており、自社商品の優越性をマスコミを通じて宣伝し、消費者の購買意欲を煽っている。また、消費者の商品に対する信頼は製造者に対して直接生じているから、製造者と消費者との間に直接の売買契約が存在するというべきである。

したがって、製造者である被告は、本件テレビに欠陥が存在し、その欠陥により消費者である春子及び原告らに損害が生じた場合には、売買契約に基づき、その被った損害を賠償すべき義務を負う。

(2) 保証契約

商品の大量生産、大量消費の実態、消費者の製造者に対する信頼、技術や情報の偏在、流通過程の複雑化、系列化といった社会状況からすれば、製造者である被告は、自己の商品を消費者に向けて広く売り出すことによって、消費者に対し、その商品の欠陥によって生じる損害について黙示の保証ないし保証契約の申込をしたというべきである。

したがって、製造者である被告は、本件テレビに欠陥が存在し、その欠陥により消費者である春子及び原告らに損害が生じた場合には、保証契約に基づき、その被った損害を賠償すべき義務を負う。

(3) 安全配慮義務

本件テレビのような家電製品の製造者は、大量に商品を生産し、品質保証書を付けて消費者に販売しており、消費者からのクレーム処理システムを備え、自社の商品の品質を管理、維持している。そして、消費者の商品に対する信頼も、その製造者に対して直接生じており、商品の品質、安全性の確保、流通の実態を踏まえれば、消費者と製造者の間に、販売店と消費者の間よりも密接で直接的な関係が存在するということができる。また、製品に欠陥が存在し火災等の事故が発生した場合などに、生命、身体、財産が害されることになる可能性が高いのは、製造者から商品を直接に購入する販売業者ではなくて、日常生活でそうした商品を使用している消費者であり、商品の安全性をチェックする能力、技術も、販売業者はほとんど有せず、製造者のみが有している。こうした品質保証システム、現代の高度流通社会における製造者と消費者の特別な社会的接触関係からすると、製造者は、安全配慮義務、すなわち、自らが製造、供給する商品の安全性を確保して、右商品を購入、使用する消費者(末端の購入者やその家族)の生命、身体、財産を害してはならない信義則上の注意義務を負っているものというべきである。

したがって、製造者である被告は、本件テレビに欠陥が存在し、その欠陥により消費者である春子及び原告らに損害が生じた場合には、安全配慮義務に基づき、その被った損害を賠償する義務を負う。

(二) 被告の債務不履行

原告らは、被告の指示した通常の用法に従い本件テレビを受信していたにもかかわらず、本件テレビが発火し、本件火災が発生した。

そうすると、本件テレビは、自然に発火するような欠陥を有していたことになるので、発火事故を起こすような欠陥のあるテレビを製造・供給した被告には債務不履行があり、本件火災により春子及び原告らの被った損害を賠償する責任がある。

5  被告の責任(その二)――不法行為責任――

(一) 製造物責任の背景

(1) 取引構造の変容

現代の大量生産・大量販売を前提とした市場体制のもとでは、大企業である製造者が、高度で専門的な技術と膨大な情報量のもとに、大量に統一規格の商品を生産し、販売過程でも、卸売業者や小売店の組織化、系列化を行い、これを支配している。これに対し、消費者は、商品の品質等について的確な判断を行う知識・能力もなく、商品の安全性を確認できないまま、製造者のブランドイメージ、技術力、資力に対する信頼でもって商品を購入している。

このように、現代型取引構造のもとでは、製造者が消費者に対し圧倒的優位に立つ取引当事者として存在している。

(2) 危険の増大と防止

現代では、製造技術の高度化と大量生産、大量販売により、一度製造物に欠陥が生じた場合の被害が大規模かつ深刻なものとなっており、これを防ぐためには、製造段階での不注意な欠陥商品の製造をまず防止しなければならない。

(3) 危険の分散

製造者は、現代型取引構造を利用して莫大な利益を取得しており、製造物被害による責任の危険を商品の価格に転嫁して、その危険を分散することが可能である。

(二) 製造物責任の法的構成

(1) 無過失責任

前記のような背景からすれば、製造物被害を偶々被った消費者にその損害を負担させることが如何に不都合であるかいうまでもないから、実質的な取引当事者である製造者に、消費者に対する直接の無過失責任を負わせるのが相当である。

したがって、被告は、本件テレビの製造者として、本件テレビの欠陥に基づく本件火災により消費者である春子及び原告らが被った損害を無過失で賠償する責任を負う。

(2) 過失責任

前記のような現代の取引構造、取引主体間の力関係、製造物販売による利益の帰趨と被害の拡大状況を公平な損害の分担という観点から見れば、一般不法行為責任の過失、因果関係は、製造物責任においては、以下のように捉えられるべきである。

① 製造者の安全性確保義務

前記のとおり、製造者は、高度な技術をもって画一的かつ大量に商品を製造し莫大な利益を取得しているのに対し、一度欠陥ある商品が製造された場合の被害は深刻で、消費者の生命、身体、財産は大きく侵害される。しかも、消費者には安全性を判断する知識・能力がなく、製造者しか商品の安全性を確保できない。右のような事情からすれば、製造者は、自己が製造する商品によって消費者の生命、身体、財産等の法益を侵害することがないように商品の安全性を確保すべき高度な注意義務を負うというべきである。

すなわち、製造者は、設計、生産の過程のおいては、商品が通常の方法で利用された場合に発煙、発火等の事故を起こすような欠陥を有するものとならないように当時の最高の科学技術によってその安全性を確保しなければならず、また、商品が市場に供給された後も、その欠陥により消費者に損害を与えることのないように欠陥商品についての警告、回収等の被害発生防止の措置を講じなければならない義務がある。

② 過失の推定

製造者に右のような高度の安全性確保義務が課せられることからすれば、製造者の製造した商品に欠陥が存在することが証明されれば、製造者に過失(製造過程における何らかの注意義務違反)があったことが推定され、右欠陥の存在が製造者に課せられた高度の注意義務を尽くしても予見し得なかったことを立証しない限り、右推定は覆らないと解すべきである。

なぜなら、製造者が安全性確保義務を履行しておれば、事故の原因となるような欠陥は生じないと考えられるからである。

③ 欠陥の推定

そして、商品を合理的に予期しうる通常の用法で利用していたにもかかわらず、通常発生しない事故(人が正当に期待できる安全性を有していたならば通常発生しないはずの事故)が生じた場合には、商品が流通に置かれた時点で欠陥が存在したと事実上強く推定され、製造者において他の原因で事故が生じたことを立証しない限り右推定は覆らないと解すべきである。

④ 因果関係の推定

また、右③のような事情が存する場合には、当該商品の欠陥が事故を発生させたことも合理的に推認され、製造者においてその不存在を具体的に立証しない限り右推定は覆らないと解すべきである。

⑤ まとめ

以上のとおり、製造物責任においては、被害者が、①当該商品を合理的に予期しうる通常の用法で使用していたこと、②通常の消費者が当該商品に対して期待する安全性を有していたならば通常発生しないはずの事故が生じたことの二点を主張、立証すれば、欠陥、更には安全性確保義務違反が、また、右過失と事故との因果関係が事実上強く推認されると解すべきである。

⑥ 被告の安全性確保義務違反

テレビは、複雑な配線を有し高圧電流を使用する商品で、絶縁劣化、短絡、漏洩放電等による発火の危険性を内包しているが、構造上、内部は消費者の手の届かないブラックボックスであり、消費者が危険の発生を念頭に置いて安全性確保の注意を払わなくてはならない商品ではない。また、テレビは、国民一般が日常的に使用する代表的な家電製品として普及しており、誰もが簡便に取り扱いうる商品と捉えられている。したがって、テレビの製造者には極めて高い安全性(通常予想される使用形態において火災事故をもたらさないこと)が確保されるよう要求、期待されている。

本件は、原告らが、社会通念上テレビに期待される使用期間内の本件火災に至るまで、本件テレビを通常の用法により合理的に使用していたにもかかわらず、突然発火し火災に至ったものであるから、本件テレビには流通に置かれた時点で欠陥が存在し、かかるテレビを製造した被告に過失があると推定されるから、被告は、民法七〇九条に基づき、本件火災により消費者である春子及び原告らが被った損害を賠償する責任がある。

6  損害

(一) 原告太郎に固有の損害

八六七万三六一〇円

(1) 事務所改装費・備品等

六八四万九七一〇円

原告太郎は、本件建物を乙川から賃借したが、右建物は当初、床、内壁、天井部分等の造作が全くない状態であったため、平成元年六月中旬、中野工務店に依頼して、右建物を自宅兼事務所とするための改装をなし、その費用として合計九二五万四〇八五円を要した。また、原告太郎は、右事務所改装に伴い、別紙「備品購入費一覧表」記載のとおり合計六一三万四四八二円で備品類を購入した。右事務所改装費及び備品購入費の合計は一五三八万八五六七円となるところ、事務所開設からわずか約一年三か月後にこれら全てを焼失したので、減価償却を考慮しても、原告太郎のこれによる損害は一三八四万九七一〇円を下らない。

原告太郎は、右損害について、興亜火災海上保険株式会社から保険金七〇〇万円の支払を受けたので、残額は六八四万九七一〇円となる。

(2) 自動販売機用コーヒー等二〇ケース 六万円

原告太郎は、本件建物の前に清涼飲料の自動販売機を設置していたところ、本件火災により、その補充用の缶コーヒー等二〇ケースが使用不能となり、六万円の損害を被った。

(3) 事務所保証金 一〇五万円

原告太郎は、本件建物を賃借する際保証金として三〇〇万円を差し入れ、そのうち二一〇万円の返還を受ける約定であったが、本件火災によって賃貸人である乙川に損害を与えたため、内金一〇五万円の返還を受けられなくなり、同額の損害を被った。

(4) 家財道具一式

一八万三五〇〇円

本件火災当時に本件建物内に原告らが所有していた家財道具一式は、時価で七三六万七〇〇〇円であったところ、本件火災により全て焼失し、同額の損害を被った。

その後、右損害について、保険から七〇〇万円の支払を受けたので、残額のうち半額の一八万三五〇〇円を請求する。

(5) データ復元費用

五三万〇四〇〇円

本件火災当時、原告太郎は、顧問先企業として五〇ないし六〇社を抱えており、これら顧問先の社員の給与計算、社会保険関係書類の作成、建設業者の許可申請、同更新手続関係書類の作成提出業務を行っていた。右業務遂行のため、原告太郎はコンピューターを導入し、これらコンピューターには業務に必要な膨大なデータが蓄積されていたが、本件火災によりコンピューターと共に既に入力されていた膨大な量のデータも失われてしまった。そこで、原告太郎は、書類提出期限に間に合わせるため、原告花子と共に通常の業務時間を超えて入力作業を行わざるを得なくなった。右データ入力作業に要した時間は六〇〇時間を下らず、この作業は一時間当たり最低に評価しても八八四円の労賃を要するものであったから、原告太郎は、これにより五三万〇四〇〇円の損害を被った。

(二) 原告花子に固有の損害

一八万三五〇〇円

家財道具一式 一八万三五〇〇円

その詳細については、前記(一)(4)記載のとおりである。

(三) 春子の損害

(1) 逸失利益

四六九〇万三三一二円

春子は、本件火災当時、株式会社ジャンニ・ヴェルサーチ・ジャパン(以下「ジャンニ・ヴェルサーチ社」という。)に勤務しており、平成二年一月から死亡した同年一一月までに給与・手当(通勤手当を除く)として合計一九七万二七〇〇円(一か月当たり一七万九三三六円)の、同年七月には賞与等として合計一五六万四八六〇円の支給を受けており、また、同年一二月には、同年七月に受けたのと同額の四九万一〇〇〇円の賞与も受ける予定であったから、春子の年間収入は、四二〇万七八九六円となる。春子は死亡当時二五歳であり、六七歳まで四二年間就労が可能であったから、その逸失利益は四六九〇万三三一二円(計算式 420万7896円÷2〔生活費控除〕×22.293〔新ホフマン係数〕)となる。

(2) 死亡慰謝料 二〇〇〇万円

(3) 動産類 八六三万九五三五円

春子は、本件火災までに、勤務先であるジャンニ・ヴェルサーチ社から同社製の衣類・靴等(二七六万九〇〇〇円相当)を、菅生呉服店から呉服等(四二五万七五五五円相当)を、西武百貨店八尾支店から装身具等(一六一万二九八〇円相当)をそれぞれ購入して所有していたところ、本件火災により右動産類を全て焼失したため、これにより八六三万九五三五円の損害を被った。

(4) 葬儀費用 二五五万五六九〇円

春子の死亡による葬儀費用、墓所に建てた観音建立費用として二五五万五六九〇円を要した。

(5) 原告らは、春子の相続人として、二分の一宛(三九〇四万九二六八円)相続した。

(四) 弁護士費用

原告らは、原告ら訴訟代理人に本件訴の提起、遂行を委任し、弁護士費用として原告太郎は四七七万二〇〇〇円を、原告花子は三九二万三〇〇〇円をそれぞれ支払う旨約した。

7  よって、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権ないし不法行為による損害賠償請求権に基づき、(一)原告太郎は、五二四九万四八七八円及びこれに対する平成二年一一月一九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を、(二)原告花子は、四三一五万五七六八円及びこれに対する平成二年一一月一九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1(一)  請求原因1(一)の事実は不知。

(二)  同1(二)の事実は認める。

2  同2の事実は不知。

3  同3の事実のうち本件火災の原因が本件テレビの発火によるものであることは不知、テレビから火災が発生したとされる事例の報告があることは認めるが、その余は否認する。本件火災の原因に関する被告の主張は、次のとおりである。

(一) 警察署、消防署の火災原因調査と出火原因

(1) 大阪府平野警察署は、本件火災現場から採取した本件テレビの調査を行った結果、「この残存部品からは出火原因になったと考えられるような特異な箇所は発見に至らない。したがって、本件テレビからの出火が原因であることを証するものではない。」との結論に至っている。

(2) 平野消防署は、出火原因の判定で、テレビによる出火可能性の根拠として、①火災前にテレビが故障していること、②テレビ付近の焼燬状況が著しいこと、③コンセントからプラグを抜く前に既にテレビ内部に溜まっていた埃などに着火していれば、プラグを抜いても出火は防止できないため、テレビによる出火の可能性は否定できないことの三点を挙げている。

しかし、①の点は後記(二)のとおりテレビが火災の原因とは考え難いし、②については、テレビの合成樹脂製キャビネットに着火した事実を示すものに過ぎず、着火がテレビの内部にあったか外部にあったかとは関係がないのでやはり根拠にならないし、また、③についても、被告の行った実験では、埃を媒体とした燃焼は考え難いことが明らかとなっており、根拠とできない。

したがって、本件テレビを本件火災の出火原因の一つとする平野消防署の見解は、科学的・合理的根拠のないものである。

(3) また、本件建物一階事務所には、足温器、電気あんま器、コンピューター、ファクシミリ、コピー機等多数の電気機器が存在しており、本件火災当時、コンピューター、ファクシミリ、コピー機等はプラグを差し込んだままであった。このうち、電気あんま器については、後に存在が明らかになったものであるため、消防署による調査の際には出火の可能性について検討の対象とされておらず、火災原因となった可能性は不明であり、また、足温器は、そもそも事務所に何台あったかも不明で、原告花子がこのプラグを抜いたという事実も疑わしい。

(二) 時間的経過と本件テレビの出火原因性

原告らの視聴していたテレビ番組のビデオテープと原告らの記憶する場面とを照合すると、本件テレビから音がして画面が消えた時刻は一一月一八日午前一時一四分ころ、原告太郎が本件建物二階に上がった時刻は午前一時三四分ころまたは午前一時三八分ころ、原告花子が二階に上がった時刻は午前一時四二分ないし四三分ころと考えられる。

そうすると、原告らは、本件テレビの画面が消えてから約二〇分一階に居て、本件テレビからの発煙や発火あるいは火災の発生に気づかなかったことになるが、本件テレビが出火原因であった場合にこのような時間的経過で火災発生に至る可能性について被告が実験(本件テレビに出火原因があったと仮定した場合における電力遮断後の部品材料の発火燃焼の可能性及びテレビの燃焼経過についての実験)を行ったところでは、原告らが一階にいる間にテレビからの出火や火災の発生に全く気づかないことはあり得ないことが判明した。したがって、本件火災が本件テレビの出火に起因したものとは考え難い。すなわち、

(1) 原告らの供述によれば、本件テレビは、異常が生じた時点で通電が断たれているのであるから、その時点でテレビの部品材料ないしテレビ内部に堆積した埃に着火しており、以後火災に至ったということになる。

被告は、テレビの主要部品材料及び埃について電力遮断後も持続して燃焼できるか試験を行ったところ、キャビネット以外の部品は持続燃焼性がなく、発火の媒体にはなり得ないことが判明した。

そして、キャビネット自体は通電される部品ではないから、電力遮断後にキャビネットに着火するには、それまでの間にテレビ内の部品に着火しており、そこからキャビネットに着火したのでなければならないことになる。

(2) 原告らによれば、異常が起きた時の本件テレビの状況は、①シュ、シュ、バーンという放電音がした、②画面が上下から黒くなって消え、最後に中央部分に白線ができ、それも直ぐ消えた、③発煙、発火は認められなかったというのであり、こうした現象が起きるのは水平電力回路のフライバックトランスが故障した場合であるから、フライバックトランスが故障し放電して発火に至ったことになるが、その際には、フライバックトランスに最も近接しているキャビネット背面のフライバックトランス保持用リブに着火したことになる。

(3) そこで、右分析に基づき、テレビ内部からフライバックトランス保持用リブに着火させる燃焼実験を行い、燃焼経過を観察した結果、フライバックトランス保持用リブに着火した時点から約一分五〇秒後には相当量の発煙があり、遅くとも三分以内にはテレビ以外へ延焼することが確認された。

(三) 本件テレビの発火危険性(欠陥)の不存在

(1) 被告が製造・販売した一四型テレビの各回路での電圧は、機種によっても異なるが、最も高い電圧を必要とするブラウン管回路では、高圧整流回路によって二万五〇〇〇ボルトになっており、これを作り出すのがフライバックトランスである。これに次ぐ高電圧は、水平偏向回路でのパルス電圧で九〇〇ボルトであり、これを作り出すのが水平ドライブトランスである。これらの高圧電流が流れる部分の回路を含めて、テレビには各種の安全装置が設けられており、例えば、ヒューズ及び保護抵抗は、過剰な電流が流れたときに直ちに回路を切断し、ジュール熱の発生を防ぎ、高圧電流が流れる水平偏向回路には、過電圧を検知して回路動作を停める装置が組み込まれており、ブラウン管回路に過剰な電圧がかかる等異常が生じた場合には、この装置の働きによって、水平偏向回路が作動しないようになっている。また、万一何らかの不測の事態によって部品に過熱が生じたとしても、発火に至らないようテレビの電気回路の部品には、不燃性ないし難燃性の素材が使用されているので、過熱によって部品の炭化ないし一部燻焼が生じることがあっても、発火燃焼に至ることはあり得ない。

(2) テレビのような電気製品については、電気用品取締法によって製品の安全性を確保するための厳重な規制が行われている。即ち、テレビを製造するには、製品の型式について通産大臣の認可が必要であり、右認可を受けるには、当該製品が通商産業省令第八五号「電気用品の技術上の基準を定める省令」に規定する技術基準を充たす必要がある。右技術基準は、その時々の技術の進歩に応じた水準に対応するものであり、電気用品を製造した時点における科学知識及び技術知識の水準を反映しているものと評価しうる。そして、本件に関係する事項だけでも、製品の器体に使用する材料、電気絶縁物、機器の部品、構造材料についての耐熱性、絶縁物及び配線の構造、半導体素子、整流後の回路等の難燃性または不燃性、部品又は付属品の許容電流、ヒューズ、過負荷保護装置等の性能等詳細な基準が定められている。

被告の製造・販売にかかるテレビが全て右の電気用品取締法の要件を満足していることはいうまでもなく、いわゆる設計上の欠陥がないことは明らかである。

(3) また、被告は、厳重な製造工程及び品質管理の下に商品を製造・販売している。もっとも、商品の検査は、全数検査ではなく抜き取り方式で行われているので、発売した商品中にアウスライサーが全くないと言い切ることはできないし、そのことを証明することは不可能であるが、本件テレビが製造上の欠陥のある不良品であった可能性は、昭和五八年六月頃に購入されて本件火災当時まで約六年間何らの事故もなく使用されてきた事実からして高度の蓋然性をもって否定できる。

4  同4の事実は否認する。

安全配慮義務なる法理論は、元来ドイツ民法六一八条に由来するもので、雇傭契約上、使用者が被用者に対して負担する安全保証義務が安全配慮義務である。このように、労働契約ないしこれに類似する契約に関して生じるのが安全配慮義務であり、売買契約における末端の消費者は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者ではない。

5  同5の事実のうち一般にテレビが複雑な配線を有し高圧電流を使用する商品であることは認めるが、その余は否認する。

6  同6の事実は不知。

三  抗弁(消滅時効)

1  時効の起算点

原告らは、遅くとも、被告製造の本件テレビが本件火災の原因であるとして被告に対し本件訴を提起した平成三年三月八日には、損害及び加害者を知った。

2  明示的一部請求と時効中断の範囲

(1) 原告らは、本訴提起時、訴状請求の原因第五項において、「原告らは被告に対し、債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償の内金として、それぞれ金一一〇〇万円及びこれに対する債務不履行又は不法行為の翌日である平成二年一一月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め本訴の提起に及んだ。」と右請求が一部請求であることを明示していた。なお、明示的一部請求といい得るためには、必ずしも損害額の全てを数量的に示した上で、請求がその一部であることを明示することを要するものではない。

(2) 一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める旨を明示して訴が提起された場合には、訴訟物となるのは右債権の一部であって全部ではないから、訴提起による消滅時効中断の効力は、その一部の範囲においてのみ生じるのであり、原告らの訴提起による時効中断の効力は、訴状で明示された範囲においてのみ生じ、残部には及ばないと解するのが相当である。

(3) 原告らは、平成三年三月九日から起算して三年が経過後である平成六年九月九日に請求の拡張申立をなした。

3  援用

被告は、原告らの右請求拡張部分について消滅時効を援用する。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁事実は否認する。

2  消滅時効の主張に対する原告の意見は、次のとおりである。

(一) 時効の起算点について

原告らは、平成三年一二月九日まで、あるいは少なくとも同年一〇月一二日まで損害及び加害者を知らなかった。

(1) 原告らは、本件テレビが被告製造にかかる一四C―F一Sであるとして本件訴を提起したが、被告は答弁書で右テレビが一四C―F一Sであり得ないと主張し、右テレビが被告製造にかかるものか否かも明確にしなかった。この被告の答弁によって、原告らは加害者が被告であることを一から証明しなければならなくなったところ、平成三年一二月九日に至りようやく本件テレビが被告製造にかかるものであることが被告に認められ、原告らも加害者が被告であることを認識できた。

したがって、原告らが、損害及び加害者を知ったのは、平成三年一二月九日である。

(2) 仮にそうでないとしても、原告らは、本件訴提起時にも、本件火災の原因につき客観的な資料を得られない状況にあった。本件訴提起後、送付された平野消防署の火災原因調査報告書には、火災の原因の一つとして本件テレビが挙げられていたが、なおも本件テレビからの出火と全く対等の火災原因として第三者による放火が指摘されており、平成三年一〇月一二日にAの報告書が得られるまで、原告らは第三者による放火という火災原因を完全には否定できなかった。

したがって、原告らが損害及び加害者を知ったのは、少なくとも同年一〇月一二日である。

(二) 明示的一部請求と時効中断の範囲について

(1) 昭和三四年二月二〇日最高裁判決は、一部請求訴訟における訴訟物の範囲と時効中断の効力が及ぶ範囲とを一致させているが、右判決は、時効制度の本旨からの修正、見直しが必要である。

判例は、昭和一四年三月二二日大審院連合部判決当時から、既判力と時効中断の効力が及ぶ範囲を一致させておらず、権利確定説によらない判例が主流を占めていたのであり、前記昭和三四年の判決こそがこうした判例の流れに反するものである。また、既判力と関係のない差押や仮差押の場合にも時効中断効が認められていることをも考慮すれば、権利確定を要するという立場をとったとしても、主文に現れる既判力を有する範囲に限定されるべきでなく、司法機関により示された真実の権利を強く推認させる理由中の判断にも時効中断効を認めるのが相当である。更に、権利の上に眠るものというべきかどうかという観点からは、当事者の動機として推測される訴訟費用節約、手続的問題、事実上の制約をも考慮すべきである。

(2) 右のような諸点を考慮すれば、不法行為に基づく損害賠償を請求する訴を提起し、訴状において取りあえず訴提起時点で判明した損害額を請求した事案において、後に請求の趣旨を拡張した場合、その拡張部分について訴部分について訴提起時に消滅時効の中断効が生じないのは、訴提起時に一部請求たることを明示し、その余の残額については敢えて請求しない趣旨が明確な場合に限られると解するのが相当である。

なんとなれば、不法行為に基づく損害賠償請求権の個数は一個であり、その請求権の全部を明示したうえで、敢えてその内の一部のみを請求し、残部を請求しないことを明示しない限り、その一個の損害賠償請求権の全部を請求しているものと解するのが権利者の合理的意思に合致するし、かつ時効制度の趣旨に適い、実際上の紛争においても具体的に妥当な解決を図り得るからである。

(3) ところで、本件は、訴提起に際して、損害額の全てを明示してその一部についてのみ請求し、残部を請求しないことを明示したものではない。これは、訴状中「原告らが被った損害は多大であり、現在その全容を調査中である。」なる記載に示されており、後に損害の全容を明らかにして請求を拡張することを予告し、取りあえず内金について請求したことが明らかである。また、本件では、火災により家屋が全焼し、原告らは、火災原因を究明するための情報さえ一切受けられずに訴訟を準備せざるをえなかったという事案であり、加害者の特定すら十分できず、損害の確定は更に困難を極めた。原告らは、損害の全容及びその額について調査中のまま、火災事故の原因を明らかにし加害者を特定するために、取りあえず訴を提起せざるを得なかった。更に、本件訴訟は、テレビ発火事故による製造者に対する損害賠償請求という全く先例のない製造物責任訴訟であり、平成六年三月二九日に同種のテレビの発火事件について判決がなされ、製造者の責任が認められるとともに、裁判所がいかなる理由で製造者の責任を認めるかが示されるまで、裁判所において製造者の責任についていかなる判断がなされるか予断を許さない状況であった。右判決のなされた後の同年七月一四日に、本件について、裁判所から事実上和解勧告があり、同年九月一二日に和解兼弁論期日が指定されたことから、原告らは請求の拡張及び損害額の整理をした。したがって、原告らが本件訴訟を平成三年三月八日に提起した後三年間請求の拡張をしなかったことをもって、残額の請求について権利の上に眠っていたとは到底いえない。

よって、原告らが請求を拡張した部分についても、平成三年三月八日の本件訴提起により時効は中断している。

五  再抗弁

1  裁判上の催告

仮に、一部請求の趣旨が明示されている場合であっても、当該債権全部について権利主張がなされているときには、残部についても訴訟継続中裁判上の催告がなされているから、訴訟終了後六か月以内に残部についての訴を提起すればその消滅時効は中断すると解するのが相当であるところ、原告らは、訴状において損害をなお調査中であることを明示して本件訴を提起し、訴訟物とならなかった部分の債権についても、その権利の存在の主張を維持し、債務の履行を欲する意思を表明しており、請求拡張に至るまで裁判上の催告をしていたものというべきであるから、右請求拡張部分について時効は中断している。

2  権利濫用

被告は、本件訴訟が提起される前、警察からテレビの出火可能性等について問合わせを受けた際にも、当社のテレビが原因であるとは考えられない等と回答し、原告らに対しても何ら調査も問合わせもしなかった。また、被告は、本件訴訟においても、原告らに本件テレビからの発火についてメカニズムの主張を求めたり、本件テレビの回路図、配線図、取扱説明書といった資料の提出を拒んだりしたため、原告らは、本件火災の原因が本件テレビからの出火によるものであること及び本件テレビが被告製造にかかるものであることを立証するのに多くの時間と労力を要した。更に、被告は、原告らによる立証がひととおり終了した時点で、いきなり本件テレビの燃焼持続実験についての報告書を提出して、本件火災と本件テレビの故障発生との時間的関係を争ったりしたため、原告らは多大の時間と労力をかけて反論することを余儀なくされた。製造物責任訴訟においては、本来的に、原告側が過大な立証の負担を負わされているが、特に本件では、原告らは、被告の右のような不誠実な対応によって次々と困難な立証を強いられた。

右のような本件訴訟の経緯に鑑みれば、原告らが、平成六年九月九日まで損害額の全容を明らかにすることができず、請求の趣旨を拡張することができなかったことについて、これを責めるのは原告らにとって酷に失する。

したがって、被告が請求拡張部分について消滅時効を援用することは権利の濫用として許されない

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁事実は否認ないし争う。

2  再抗弁に対する被告の意見は、次のとおりである。

(一) 裁判上の催告について

(1) 原告らは、本件訴提起時、後に請求拡張した部分の債権について裁判上催告をしていなかった。

本件は、法規の解釈適用に対する司法的判断が確定すれば自動的に損害額も決定できる事案ではなく、不法行為の存否という事実認定が争点の事案であって、原告らは被告の責任が認められるか否か見通しをたてられないまま訴を提起し(一種の試験的訴訟)、損害の一部五四二四万一一五円以外の損害を明示しなかった。

(2) 損害賠償請求訴訟における損害額は、各損害毎に金額が明示され総和として算定されるのが通常であるが、損害の合計額が請求額を超える一部請求においては、摘示された各損害の有無のみを審理すれば足り、たとえ摘示された損害以外に損害が存したとしても当該損害は審理の対象とならない。原告らは、訴状の損害の項目において、春子の逸失利益、死亡慰謝料、原告らの慰謝料並びに弁護士費用のみ損害額を明記しており、裁判上これら損害だけが審理されることになるから、その余の損害について調査中と記載しても、原告らの損害額を確定するための主要事実、間接事実いずれにも該当しない。原告らは、調査中との記載が残額請求の意思を表示するものと主張するが、これは単なる事情に過ぎず、かかる記載によって時効中断という重大な法的効果が認められるべきではない。

(二) 権利濫用について

(1) 原告らは、被告が答弁書で、本件テレビが被告の製造にかかるものであることを否認したというが、これは、原告らが本件テレビを一四C―B一二Eとすべきところを誤って未だ販売されていない一四C―S一Fとしていたためであり、被告が、本件火災当時、未だ販売されていないテレビからの出火を認めないのは当然のことである。また、被告も、原告らからテレビの型式の照会を受ければ明らかにすることを拒むものではなかったが、原告らから、そうした照会も受けなかった。更に、そもそも、本件テレビの特定は、原告らの主張責任に属する事項であり、これだけに訴提起後九ヶ月もの期間を費やしたというのであれば、原告らの訴訟準備が不十分であったために他ならない。

(2) 被告が原告らに釈明を求めたのは、予備的主張について、訴状には、「欠陥商品を製造した不法行為」と記載があるのみで、何をもって欠陥商品と主張するのか、不法行為の要件の主張が欠けていたためであり、発火のメカニズムを明らかにするよう求めたことはない。

(3) 原告らが訴訟遂行上必要とする資料の提出を求めようと思えば、その手段は訴訟法上確保されているのであり、この点についての非難は的外れである。また、本件テレビの型式が特定されなければ、被告が証拠として提出すべき資料も特定しないのは当然のことである。

(4) 被告の本件火災の時間的経過に関する主張は、原告ら本人の供述結果及び原告らが見ていたというテレビ放送の放映時刻を明らかにする調査嘱託の結果を持って初めて明確になし得たものであり、その時期に被告がそうした主張に及んだことは、訴訟の経過からして何ら異とするにあたらない。

また、訴訟の進行状況に応じて、相手方当事者から反論、反証がなされることは極めて当然のことであるのみならず、そのことと債権の時効管理とは全く別個の問題であって、いやしくも債権を主張する当事者の代理人としては、常に消滅時効の問題に留意しておかなければならない筈である。

第三  証拠

本件記録中の証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1(当事者)について

1  〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、後記火災で死亡した春子(昭和四〇年二月二二日生)の両親であり、春子の相続人であること、原告太郎は、平成元年六月一六日、乙川から本件建物を賃借し、以後、本件建物一階北側部分を事務所、南側部分を台所、二階を住居としてそれぞれ使用し、本件火災当時、花子及び春子とともに居住していたこと、本件テレビは、丙山が昭和五八年六月ころ東京都秋葉原所在の家電販売店から購入したもので、原告らの長男が、平成二年二月下旬ころ丙山から貰い受けて本件建物二階の自室で使用していたこと、その後、長男が東京に行き本件テレビを使用しなくなったので、原告らが、同年六月ころからこれを本件建物一階事務所に設置し、使用していたことが認められる。

2  被告が主としてテレビその他の家庭用電気製品の製造・販売を業とする会社であり、昭和五八年ころに本件テレビを製造し、流通に置いたことは当事者間に争いがない。

二  請求原因2(本件火災の発生)について

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、平成二年一一月一八日未明本件建物から出火し、右建物を全焼したこと、右火災によって発生した有毒煙により、右建物の二階にいた春子が窒息死したことが認められる。

三  請求原因3(本件火災の原因)について

1  本件火災発生前後の状況について

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一)  原告太郎は、行政書士、社会保険労務士、宅地建物取引業の仕事をしていたところ、平成元年六月一六日乙川から本件建物を自宅兼事務所として賃借した。そして、原告太郎は、中野工務店に依頼し、一階入口にシャッターを設置したり、防犯のために一階の窓四ヶ所に面格子を入れたり、内壁、天井、床の改装工事をなし、天井材にはプラストーンという難燃材を用いた。

原告らは、同年八月一二日本件建物に入居し、別紙図面のとおり、本件建物一階の北側部分を原告太郎の事務所、南側部分を台所として、二階の一番北側部分を長男の、中央部分を春子の、一番南側部分を原告ら夫婦の各部屋としてそれぞれ使用していた。その後、長男は家を出たため、本件火災当時は、原告夫婦と春子が本件建物に居住していた。

原告らは、平成二年六月ころから、本件テレビを別紙図面の建物一階平面図(以下「一階平面図」という。)のテレビと記載された部分にあったスリッパ立ての上に設置し、使用していた。

(二)  原告花子は、平成二年一一月一七日午後一一時三〇分ころ、本件テレビのスイッチを入れ、テレビを見ながら事務所の跡片づけをしていた。そして、原告花子は、跡片づけを終え、翌一八日午前一時過ぎころから、事務所内のソファ(一階平面図の衝立の北側にあるソファのうちの西側のソファー)に座り、本件テレビで「森脇・山田の抱腹Z」なるテレビ番組を視聴し始めた。

そのうち、原告太郎は、トイレのために一階に下りてきて、原告花子から、面白い番組をしているから一緒に見ようと誘われたため、一緒に右番組を見始めた。

なお、右番組は、一八日午前〇時五五分から同日午前一時五五分までの一時間番組であった。

(三)  同日午前一時一四分ころ、本件テレビが突然「シュ、シュ、シュ、パン」という音をたて、その画面が上下から黒くなり、中央部分に白線が出たのち消えた。そして、そのうち、本件テレビからマグネシウムが燃えたような臭いがしてきた。そこで、原告らは、本件テレビが故障したものと考え、危険防止のため、原告花子が本件テレビとアンテナのプラグをコンセントから抜いた。

そして、原告太郎は、番組の続きを見るために直ぐに事務所を出て二階の寝室に上がった。原告花子は、原告太郎の後から事務所を出て、一階平面図の事務所と台所の間の引違戸を閉め、便所(一階平面図の便所)に行った後、電気を消して二階に上がった。

(四)  原告花子が二階寝室に入ると、原告太郎はテレビ番組の続きを見ていた。その後、原告花子は、同日午前一時四五分ころ、原告太郎から、出演者が童謡を歌い終わったところだと告げられた。

そうこうするうち、原告らは、隣の部屋にいた春子が「変な臭いがしている」と叫ぶ声を聞いた。そこで、原告らは、慌てて部屋の戸を開けたところ、廊下が煙で真黒で何も見えず、部屋から出られる状態ではなかったため、やむをえず南側の物干場から避難した。右避難に際して、原告花子は、春子に声を掛けたが、返事はなかった。

(五)  付近の住人のBは、同日午前一時五四分ころ、本件建物から出火しているのを発見し、平野消防署に通報した。

原告太郎は、避難後、消火のため、本件建物一階事務所西側の窓硝子を割って中を見ると、事務所北側部分が炎が上がって明るくなっていた。

(六)  同日午前二時〇一分、平野消防署のポンプ積載消防車六台による放水が開始され、同日午前四時三六分に本件火災は鎮火した。

右火災により、前記のとおり本件建物は全焼し、右建物内にあった什器備品等の動産類も焼損した。

春子は、消防職員により、二階の自室で俯せになって死亡していることが発見された。春子の死因は一酸化炭素中毒であり、煤煙の吸引によるものであった。

2  本件火災による本件建物の焼損状況及び出火場所について

(一)  本件建物の焼損状況

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、本件火災による本件建物の焼損状況は、以下のとおりであると認められる。

(1) 一階事務所

本件火災当時の本件建物一階事務所の状況は、一階平面図のとおりである。

① 北側玄関付近

入口のアルミサッシ扉の縦枠は、壁に取り付けられた側と下かまちは全て残っていたが、上かまちと取手側の縦枠上方部が焼失していた。

② 事務所西側部分

事務所の西側内壁の内装材(プリント合板)は、北端から南端にかけ殆ど焼失していたが、土間の下駄箱(一階平面図のげた箱)の置いてあった箇所から南端にかけて下部が焼け残っていた。右壁に沿って家具類が置かれていたが、玄関寄りは床直近まで焼失していた。

ファックスの置かれていたスチール製脇机は、焼きがあっただけで変形はなかった。その南側には机とその上にコンピューター及びファックスが置かれていたが、これら機器は原形が無いほど焼燬していた。一方、机は、天板が浅く炭化していたが、コンピューターの置かれていた場所は焼きが弱く、天板裏側には西側に一部焼失があっただけであった。

壁材の木ずり(柱を挟んで内側と外側に打ち付けられていた。)のうち内側のものは、西面窓の敷居の高さに当たる部分から天井にかけて焼失し、残存部は衝立から玄関までは炭化が深く、それより南側は炭化が浅かった。木ずりのうち外側のものは、玄関寄りと窓付近に一部焼失があり、残存部は衝立を境界にして、北側が炭化していたが、南側は炭化が見られなかった。

玄関寄りの天井近くには、分電盤の焼燬したものが垂れ下がっていたが、ブレーカーに接続されている屋内配線に断線やショート痕はなかった。

事務室南寄りにあったアルミサッシの格子入りの窓は下方部を残して焼失していたが、窓台は全て残っていた。

西面内壁沿いの土間から衝立にかけて、原形のない下駄箱(前記下駄箱)が木枠のみ残った状態で土間側に崩れかけており、中の靴などの履き物は焼損していた。

下駄箱の東側衝立寄りにあった高さ約五八センチメートルのスタンド式灰皿(一階平面図の灰皿)の中には木の炭化物が半分くらい入っていた。

衝立(一階平面図の灰皿とその南側のファックスとの間の衝立)は焼燬して変色し、上方三分の一のガラスが焼損して開口していたが、ほぼ原形を保っていた。

③ 事務所北側部分

L字型の北側壁の角には下方部のみ焼け残っている木製のスリッパ立てが存在し、その上に置いてあった本件テレビも原形を喪失していた。本件テレビとスリッパ立ては焼燬して併せて高さ約三二センチメートルとなっており、スリッパ立ての中に本件テレビが埋没していた。

本件テレビは、樹脂部が全て焼失し金属部のみが残っており、電源コードは、被覆が焼燬して芯線が露出している状態で本体に繋がっていた。本件テレビの直ぐ西側の四〇センチメートル幅の壁の東面に取り付けられていたコンセントは、枠のみが焼け残っていた。

北面内壁のプリント合板は、窓の下当たりに焼け残りがあり、東に行くに従い残存部が多かった。

木ずりは、西寄り部分の上方が焼失し、焼け残った下方部は炭化が見られたが、東寄りの焼きは弱かった。

間柱と胴縁は、西寄り部分に焼失箇所が見られた。アルミサッシの窓は、窓枠の一部が焼け残っているだけであった。

④ 事務所東側部分

東側に置かれていたスチール製のロッカー等は、全体に焼燬変色していたが、変形はなかった。木製品は、上方が焼失していたが、下方は表面焼きであった。

鴨居から上方の内壁は、内装材のプリント合板が全て焼失していた。

⑤ 事務所南側

二階への階段は焼燬していたが原形を保っており、西端の壁は内装材が全て焼失していた。事務所と台所との間にある引違い戸は上半分が焼失し、下方部は弱い焼き程度で残存していた。

⑥ 中央付近

衝立の北側にあったソファ(一階平面図のテレビの東側のソファ)は骨組みとスプリングのみが焼け残り、背もたれ部と肘掛け部の西寄りが焼失していた。右ソファの南側の二脚置かれていたソファの内東側のソファは、レザー部が焼失していたが、骨組みの木部はほぼ原形を留めていた。しかし、西側のソファは、背もたれ上方と座席部の西側が焼失していた。

ソファとソファの間の東寄りに置いてあるキャスター付テーブル(一階平面図のテーブル)は、全体に焼燬していたが、原形を保った状態でソファの上に転倒しており、西側面が一部焼失していた。

衝立の南側に向かい合わせに置かれていた机四脚のうち西側の二脚の天板は下方に歪曲していたが、東側の二脚は焼燬していたものの変形はなかった。

右机の下にあった足温器は焼燬していたが、その付近の床に焼け抜けや強い焼きは見られなかった。

⑦ 床板及び天井

床は、土間直近の南側と東側、前記机四脚のうち北西側の机の置かれていた西側が一部焼け抜けていたが、露出している根太は焼燬していなかった。

天井は吸音板が全面落下しており、天井裏の隠蔽工事をした屋内配線が被覆を焼失し垂れ下がっていたが、配線の通っている付近に特に焼きの強い所はなかった。

天井板を吊っている野縁や吊り木は衝立の北側で焼け細りが見られる程度で殆ど残っていたが、衝立の南側は内壁周辺に残存部が見られる程度まで焼けていた。

二階の床を支えている東西に延びている根太は、西寄りの焼きがやや強く、根太の北面の焼きを比較すると、北側に通してある根太は南面が、南面に通しているものは北面がいずれも強く焼けていた。

(2) 台所

本件火災当時の本件建物一階台所の状況は、一階平面図のとおりである。

台所は事務所に比較して焼きがかなり弱く、室内の電気製品類は原形を保っているものが多かった。ピータイル張りの床は焼け抜けや焼きの強い所はなく、天井の野縁は北寄りに焼失箇所が一部あるだけで大半は表面焼きであった。風呂と便所は入口扉の一部が焼失しているだけでほぼ原形を保ち、表面焼きに留まっていた。

(3) 階段

踏み板の上面は表面焼きだけであるが、下面はよく炭化しており、亀甲模様の溝が良く見分された。東面内壁の内装材は階段の中程から上と南端が焼け残り、焼失部は下方が狭く上方になるほど広がっていた。

(4) 二階住居

本件火災当時の本件建物二階住居の状況は、別紙図面の建物二階平面図のとおりである。

① 二階廊下

板張りの床に焼失箇所はなく、天井の野縁にも焼失箇所は殆どなかった。

② 北側八畳間

扉は廊下側に焼きがあるが、室内側には焼きはなかった。

③ 六畳間

入口の引違戸の戸枠は全て残っているが、桟は下方部を残して焼失し、これらの焼きは室内側より廊下側の方が強かった。天井板は全面焼失していたが、野縁は弱い焼きだけで焼失部は見られなかった。

④ 南側八畳間

室内の布団や畳には部分的に弱い焼きがあったが、家具類は表面焼きだけであった。内壁は北面の上方部が焼失しているが、他の面には焼失がなかった。

(二)  出火場所

右認定の焼損状況からすれば、本件火災の出火場所は、本件建物一階事務所内であることは明らかである。そして、右認定の本件建物北側内壁のうち西側部分及び西側内壁のうち北側部分の焼損が著しいこと、下駄箱は北側から、ソファとキャスター付テーブルは西側からそれぞれ炎を受けたと思われる焼け方をしていることのほかに、本件火災の実況見分の際の責任者であった平野消防署の消防士補Cも、事務所の衝立の南側に向かい合わせに置かれていた前記机四脚のうち北西にあった机の北西側を具体的な出火箇所と考えた旨証言していることに鑑みれば、本件建物一階事務所の本件テレビの設置されていた場所付近から事務所北西角までを一辺とし、そこから西側内壁沿いにあるファックスの置かれていた位置までを一辺とする四角形の内部が出火場所であったと認めるのが相当である。

3  出火原因について

次に、出火原因と考えられる点について検討する。

(一)  足温器

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、本件建物一階事務所には、本件火災当時、足温器が二個置いてあったこと、そのうち一個は前記机四脚の南側にあったコンピューターの下に置かれていたが、本件火災当日は使用されなかったこと、残りの一個は右机四脚のうちの南西の机の下に置かれており、原告花子は、本件火災当日もこれを使用したが、右使用後、延長コードから右足温器のプラグを抜いたことが認められる。また、前記認定のとおり、本件火災により後者の足温器は焼燬したが、その付近に床に焼け抜けや強い焼きは見られなかったうえ、右足温器が置かれていた場所は前記出火場所と認められる所から離れていることからして、足温器が出火原因とは認め難い。

(二)  電気あんま器

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、本件火災当日、電気あんま器は使用されたことはなく、電源からプラグを抜いた状態で前記スリッパ立ての一番下に入れられていたことが認められるから、右電気あんま器が出火原因とは認め難い。

(三)  コンピューター等のOA機器について

前記認定のとおり、これらOA機器は本件火災により原形を留めない程度に焼燬していたのであるが、これら機器に使用されている合成樹脂は熱に弱く変形溶融しやすい性質を有していることに鑑みると、右焼燬の程度から直ちに火元ないし火元に近かったということはできない。また、〈証拠省略〉によれば、コンピューター等のOA機器は、本件建物一階事務所の西側内壁の中央付近と前記机四脚の南側に設置されていたことが認められるところ、前記認定のとおり、この付近には特に強い焼きはなかったと認められるから、コンピューター等のOA機器が出火原因とは認め難い。

(四)  屋内配線

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告太郎は、本件火災の前年である平成元年七月ころ電気工事店に依頼して、仕事に必要なOA機器を考慮に入れても余裕のある電気容量となるように屋内配線の隠蔽工事をしたこと、消防署による火災後の実況見分でも、右配線から出火した痕跡は見つからなかったことが認められるから、電気配線のコードの損傷等による短絡、漏電が本件火災の出火原因となったとは認め難い。

(五)  煙草

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告ら一家の中で煙草を吸う者はいなかったこと、本件火災当日、原告方を訪問した人の中に煙草を吸った人はいなかったこと、本件現場からタバコの吸い殻は発見されていないし、また、タバコが本件火災の出火原因であると疑わしめる形跡はないこと、煙草による火災の場合は、通常、本件火災のように短時間で火が燃え広がることはないことが認められるから、煙草が出火原因とは認め難い。

(六)  放火

前記認定のとおり本件火災の出火場所は本件建物一階事務所内であったと認められるので、外部者による放火とすれば、右建物に侵入したうえ火をつけたことになるところ、前掲〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、消防署の職員は、実況見分において、本件建物一階は、便所の窓を除くその余の窓及び扉はいずれも施錠しないし面格子が設置されていたため、そこから侵入することは不可能であったことを確認していることが認められるし、また、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、本件火災当時、右便所の窓にも他の窓と同様防犯用のアルミ製の面格子が取り付けられていたため、そこから外部者が侵入することは不可能であったことが認められる。したがって、本件火災当時、本件建物一階から外部者が侵入し火をつけることは不可能であったということができるし、また、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、本件火災発生当時、本件建物の二階には原告らと春子がいたが、外部者が侵入したような不審な物音等に気づいていないことが認められるので、本件建物二階から外部者が侵入して放火したとも認め難い。

次に、内部者による放火の可能性について検討するに、前記認定のような本件火災前後の状況からすれば、内部者による放火を疑わせるような点は見当たらないし、また、本件全証拠によってもこれを疑うべき事実は認められない。

(七)  本件テレビ

前記認定のとおり、本件テレビは本件火災により原形を留めない程度まで焼燬していることが認められるが、テレビのキャビネットが合成樹脂製であることに鑑みれば、右事実のみから直ちに火元となった可能性を肯定することはできない。しかし、本件テレビが設置されていた木製のスリッパ立てはよく焼燬しており、下側部分約三〇センチメートルしか残存していないほど強い炎を受けていること、しかも、右焼燬の状況からすると、右スリッパ立ての下部からではなくて、その上部から出火したものと考えられること、前記出火場所と認定した範囲内に本件テレビが設置されていたこと、他に出火原因と考え得るものは見当たらないことをも総合考慮すると、本件テレビが出火原因であった可能性が高いということができる。

4  本件テレビの出火の危険性について

(一)  〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、国民生活センターが平成三年一月一日から平成八年一月末日までの五年一か月の間に集計したテレビの火災・発火事故件数は合計九七件であり、そのうち二三件が被告製造にかかるテレビに関するものであること、被告製造にかかる一四C―B一一E型のテレビは、本件テレビとは前面の外観デザイン等の若干の相違を除き、内部の回路、主要部材等は同一であること、右一四C―B一一E型のテレビについても、発火寸前ないし発火した事故が各一件報告されていることが認められる。

右認定の事実によれば、本件テレビと内部の回路、主要部材等が同一である一四C―B一一E型のテレビについて、発火寸前ないし発火した事故が各一件報告されていることが認められるから、同時期に、同等の技術水準を用いて被告が製造したと推認できる本件テレビにも出火の危険性があるということができる。

(二)  ところで、被告は、①被告の製造しているテレビには各種安全装置が施されているうえ、難燃性の部品も使用されているので、発火燃焼することはあり得ない、②被告の製造するテレビは、電気用品取締法、通産省令の要請を充たしているから、当時の最高の科学的水準に適応した製品が作られている筈である、③本件テレビは、本件火災まで約六年間何らの事故もなく使用されていたのであるから、発火の危険性のある故障部位が存在したことは高度の蓋然性をもって否定できると主張するので、以下検討する。

(1) まず、右①、②について、検討するに、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

① 被告の製造にかかる一四型テレビは、最も高い電圧を必要とするブラウン管回路では約二万二五〇〇ボルトとなっており、この電圧をフライバックトランスが作り出している。これに次ぐ高電圧は水平偏向回路のパルス電圧であって約九〇〇ボルトであり、これを水平ドライブトランスが作り出している。こうした高圧電流が流れる部分の回路についても、過剰な電流が流れたり過大な電圧がかかったりしないようにするため、過剰な電圧が流れた時に直ちに回路を切断するヒューズや、回路自体がヒューズのように過剰な電流の流れを断つ役割を果たしている保護抵抗が用いられている。

② 被告は、電気用品取締法上の製造事業者登録を行い、本件テレビと同型式のテレビについて、同法に基づき、その材質、形状、構造等が通産省令の定める技術上の基準に適合することを確認する型式認可を受けた。また、被告は、独自に通産省令の基準の一部を更に厳格にした安全設計基準を定め、部品業者から納入された部品のうち重要保安部品については抜き取り検査を実施しているほか、他にも電気用品取締法施行規則第一八条に規定された絶縁耐力検査等各段階で必要な検査を行って、テレビの製造につき万全を期している。

しかしながら、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、電気用品取締法による型式認可等は主として設計上の安全性確保に係わる問題にすぎず、例えテレビの設計上欠陥がない場合であっても、トランスの巻線不良やトランス内へのハンダ屑の混入、部品の取付不良など、製造過程で僅かな欠陥が生じた場合には、その後、徐々に絶縁の劣化等が進行するなどして、テレビに発火の危険が生じる可能性があること、現に、被告は、昭和六〇年八月、一四型のテレビについて発煙・発火の恐れがあることの、平成四年二月二五日、二五型のテレビ三機種について放電・発火の恐れがあることの、平成八年四月一一日、二五型、二九型、三二型のテレビ一一機種について発煙・発火の恐れがあることの各社告を出したことが認められるから、例え被告が電気用品取締法に基づく型式認可を受け、被告の社内基準を通過させて製造したテレビであっても、製造過程における欠陥の発生に基づく出火の危険性が存在するというべきである。

(2) 次に、前記③について検討するに、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、本件テレビは、製造された昭和五八年ころから本件火災まで約六年間にわたり故障が発生したことはなかったことが認められる。

しかしながら、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、テレビは、フライバックトランスを中心とした高圧回路に半田付け不良部分が存在すること等による漏洩放電や、スイッチ部分のトラッキング現象、回路内の抵抗やコンデンサーの劣化による発熱、プリント基盤部分に付着した埃や湿気などの影響による短絡等様々な原因により出火すること、テレビの出火事故は様々な使用年数のものについて発生しており、製造から長期間にわたり格別の事故が起きることなく使用されていたとしても、そのことが当該テレビに出火の原因となる欠陥が存在しないことを意味するものでないことが認められるから、製造後故障が起きずに六年間使用されてきたことだけを理由に本件テレビの出火可能性を否定することもできない。

(3) したがって、この点についての被告の反論は失当である。

5  テレビ出火事例における異常状態との符合について

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、通商産業省産業政策局、東京消防庁、東京都消費者センター、国民生活センターに収集されたテレビの出火に関連する危害情報、事故情報によると、テレビからパチパチ又はプチプチといった音や異臭が発生したり、画像が出なくなる等の異常が生じた場合に、テレビの出火が起きた事例が報告されていること、このようなことから、東京消防庁は、テレビからの音や異臭の発生、画像の消失をテレビからの出火の前駆現象として捉えていることが認められる。

ところで、前記認定の本件火災前に本件テレビに見られた異常な状態は、右のようなテレビの出火に関する危害情報、事故情報の事故内容に見られる出火に至る経緯及び東京消防庁の捉えているテレビ出火の際の前駆現象と合致するから、本件テレビが本件火災の出火原因となったことを強く推認させる。

6  平野警察署の送付嘱託の回答について

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、平野警察署は、当裁判所による送付嘱託に対して、本件火災の原因について、「残存部品からは出火原因になったと考えられるような特異な箇所は発見に至らなかった。したがって、本件テレビからの出火が原因であることを証するものではない。」と回答している。

しかしながら、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、テレビの出火後採取された部品は、出火原因を鑑識する資料としては重要であるけれども、当該テレビの焼損の程度によるものであり、焼失欠損部分が広範囲にわたる場合には出火個所の特定等は困難ないし不可能となることが認められるところ、右回答書も、現場から採取した本件テレビは、焼損が著しい状態でその原形が見られないものであり、しかも、殆どが焼燬し、残存している部品が少ないことから、本件テレビより出火したかどうか、その原因等を明確にすることは難しいとしているものにすぎず、本件テレビの出火の可能性を否定したものではない。

7  平野消防署の火災調査報告書について

〈証拠省略〉によれば、平野消防署作成の火災調査報告書は、本件火災の出火場所を事務所北西付近としながら、発火源、出火原因とも不明としている。

しかしながら、右調査報告書は、本件テレビ、屋内配線、コンピューター、足温器、煙草の火の不始末、外部侵入者による放火についてその可能性を個々に検討し、屋内配線、コンピューター、足温器、煙草の火の不始末が本件火災の出火原因となった可能性は否定されるとしたうえ、本件テレビと外部侵入者による放火について出火原因となった可能性を指摘しながら、いずれも出火元と決めるだけの資料に乏しいことを理由に、出火原因を不明としたものに過ぎず、本件テレビが本件火災の出火原因であることの可能性を否定していない。

8  被告の燃焼実験について

被告は、本件テレビが出火原因と仮定した場合、原告らが、画面が消えてプラグをコンセントから抜いた後二〇分程度も一階にいたならば火事の発生に気がつかないことはあり得ないとして、出火に至るまでの本件火災の経過からして本件テレビの出火原因性は否定されると主張し、これに沿う〈証拠省略〉(燃焼実験結果報告書等)を提出し、右実験を担当した被告社員で電気機器事業本部商品信頼性管理センター所長の証人Dも同趣旨の証言をしている。

しかしながら、前記認定のとおり、原告花子は、平成二年一一月一七日午後一一時三〇分ころから、本件テレビのスイッチをいれてテレビを見ながら事務所の跡片づけをしていたが、右跡片づけが終わったので、翌一八日午前一時過ぎころから、ソファーに座って「森脇・山田抱腹Z」という番組を視聴していたこと、そのうち、原告太郎が用便のため一階に降りてきて、原告花子と共に右テレビ番組を見るようになったこと、同日午前一時一四分ころ、本件テレビが突然「シュ、シュ、シュ、パン」という音をたて、その画面が消えたうえ、マグネシウムが燃えたような臭いがしてきたので、原告らは、テレビが故障したものと考え、原告花子において本件テレビとアンテナのプラグをコンセントから抜いたこと、そして、原告太郎は、直ぐに、右番組の続きを見るため二階に上がったこと、原告花子は、原告太郎の後から事務所を出て、便所に行った後、間もなく二階の自室に入ったこと、その際、原告花子において、一階にしばらく留まる理由は存しなかったことが認められ、右認定の事実によれば、原告らは、本件テレビに異常が発生した後間もなく二階に上がったものというべきであるから、右実験の結果(後記のとおり)を前提としても、原告らにおいて、二階に上がるまでの間に、火災の発生に気付かなかったとしても不自然ではなく、これをもって本件テレビの出火原因性を否定することはできない。なお、この点について、原告らの視聴したテレビ番組のビデオテープと原告らの記憶する場面(いずれも第一回の尋問結果による。)とを対比すると、原告らは、テレビの異常を発見したのち二〇分程度も一階にいたように窺えないではないが、原告らが、テレビに異常が生じた後に、一階に二〇分程度も留まる理由が存しなかったこと、視聴していた番組の内容が司会者とのトーク番組であり、ある時間にどのような会話がなされていたかについての記憶が残り難いものであると考えられるうえ、右テレビの視聴に引き続いて、本件火災及びこれによる春子の死亡という異常な事態が発生していることをも総合して考察すると、原告らの右の点についての記憶が正確なものとして、一階にいた時間を推定するのは相当でなく、この点をもって右認定を左右しない。

なお、念のために右実験の合理性等について、以下検討する。

(一)  被告の行った実験について

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、被告の社員であるDは、本件テレビに出火原因であったと仮定した場合における燃焼経過を確認するため、以下のとおり実験を行ったことが認められる。

(実験1)部品材料及び埃の持続燃焼性実験

右実験においては、一般家庭で約九年間使用された一四C―B―一一E型のテレビ(テレビ前面の外観デザインが若干異なるだけで、内部の回路及び主要部品材料等は本件テレビと同一のテレビ)を使用し、右テレビの部品のうち主要なものと埃と対象とした。しかし、被告は、テレビに通電した状態で実験を行っていない。右実験の結果は、以下のとおりである。

(1) キャビネット

キャビネット(前キャビネットはポリスチレン樹脂製、後キャビネットはポリプロピレン樹脂製)のコーナー尖端部にガスバーナーで接炎すると約二秒で着火し、着火三秒後にガスバーナーの炎を除去しても燃焼は持続した。

同様に右キャビネット側面部にガスバーナーで接炎すると約三秒で着火し、着火三秒後に炎を除去しても燃焼は継続した。

(2) プリント基板

メイン基板に使用されていたプリント基板(紙基材フェノール樹脂積層板)の尖端部にガスバーナーで接炎すると、約七ないし八秒で着火したが、着火一〇秒後にガスバーナーの炎を除去すると同時に燃焼は消滅した。

(3) 内部配線

アノードリード線、消磁コイル引出し線、CRT基板とメイン基板の接続線とCRT基板とフライバックトランスの接続線を結束したもの、アンテナ線、偏向コイル引出し線の被覆(高圧部は架橋ポリエチレン樹脂、その他は塩化ビニル樹脂製)にガスバーナーで接炎すると、いずれも二ないし四秒で着火したが、着火一〇秒後にガスバーナーの炎を除去すると燃焼は瞬時に消滅した。

(4) 接続端子部品

偏向コイル用Kコネクター(ポリプロピレン樹脂製)にガスバーナーで接炎したところ、着火せず、樹脂の溶融・変形に止まった。

(5) 埃

水平に配置されているプリント基板の上に一般家庭の居間で収集し乾燥させた厚さ約0.5センチメートルの埃を置き、マッチ棒の炎を当てたところ、燃焼したが、一秒以上の燃焼は確認できなかった。右燃焼部分は、炎の当たった部分とその周囲の約一センチメートル程度で、テレビ内部の部品を燃焼させるだけの火力は生じなかった。

(実験2)テレビの燃焼経過実験

右実験においては、約九年間一般家庭で使用され一四C―B一一E型テレビを使用し、テレビを台の上に載せ、壁を想定したベニヤ板を背面に設置したうえ、実験前にテレビに約三〇分間通電し、実験時には電源を切って電力を遮断した。

火源として七〇Wニクロム線を後キャビネットのフライバックトランス保持用リブに布設し、右ニクロム線にテレビ外部よりリード線を経由して電力を供給し、着火したことを確認した後にニクロム線への電力を遮断した。

ニクロム線に電力を供給後、二ないし三秒で着火し、着火から約三八秒経過時までは大きな変化は生じなかったが、約四〇秒経過時に後キャビネット天面の通風孔からうっすらと煙が立ち始め、約一分一五秒経過時にフライバックトランスの固定リブ位置付近から外部に炎が出始めた。着火から約一分二七秒後に裏蓋の内外から炎が立ち上がってブラウン管カバー部の下まで達し、約一分三〇秒経過時から炎はブラウン管カバー部の内側に沿って上部ブラウン管基板に回り込み、約一分三八秒経過時より裏蓋樹脂の燃焼滴下が始まった。着火から約一分五七秒経過時からベニヤ板に映し出された炎の明るさが一段と増して発煙が目立ち始め、約二分三〇秒経過時に後キャビネット天面の通風孔部樹脂に着火した。着火から約二分三二秒経過時に炎が後キャビネット天面から上部へ立炎して燃焼の勢いが一段と増し、約二分四九秒経過時にベニヤ板へ延焼するに至った。

(二)  被告の推論について

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、被告は、原告両名の各本人尋問の結果(いずれも第一回)及び右(一)記載の実験結果に基づき、以下のとおり推論している。

(1) 本件テレビが故障した際、原告らが聞いた「シュ、シュ、シュ、パン」という音は、電圧の高い方から低い方に電流が飛んだときの放電音であり、マグネシウムの燃えたような臭いは放電によって生じたオゾンの臭いと考えられる。また、テレビから一メートル位離れても確認できる程度の大きな放電音の発生する箇所は、比較的電力の大きい部分の筈である。

(2) 放電音のような音に続いて画面が上下から黒くなって消えたのは、テレビを入力状態に置いた後電源スイッチを切った時の現象とほぼ同一で、電源回路又は映像回路ないしは水平出力回路において回路部品等が故障した場合に生じる現象であるから、これらの回路の何れかに異常が生じたためと考えられる。

(3) テレビの電源プラグを抜いた後は発火の原因となるジュール熱は発生しなくなること及び(実験1)の結果のとおりキャビネット以外の部品には持続燃焼性がないから、遅くとも原告花子が電源プラグを抜いた時点でキャビネットに着火していたと考えるべきである。

(4) 原告らは、故障した時点では出火等の何らの異常も認めていないところ、キャビネットに着火しながら炎に気がつかない場所はテレビの底面あるいは背面であり、テレビを載せる台との間に約八ミリメートルの隙間がある底面よりも背面の方が気づきにくい部位といいうるから、キャビネット背面に着火したと推測できる。なお、映像回路はテレビ正面のブラウン管下付近に位置しているから、ここに故障があって発火に気づかないことは有り得ないので、故障部位から除外すべきである。

(5) このように故障放電の部分としては電源或いは水平電力回路が想定されるが、原告らが供述するような放電音を発生し得るのは水平電力回路であり、この水平電力回路のうち、電位差があり、背面キャビネットに近く、しかもテレビから離れた場所で確認できる放電音を発生し得る部分はフライバックトランスと判断される。

(6) したがって、フライバックトランスが故障し、ここから発火してこれに最も接近している後キャビネット背面の内側フライバックトランス保持用リブに着火したとみるべきである。

(7) (実験2)によれば、フライバックトランス保持用リブに着火後一分五〇秒後には相当量の発煙が確認できる状態となったこと、少なくとも三分以内にはテレビ以外へ拡大燃焼することが確認されているから、キャビネットへの着火時であるプラグの抜去時から一分五〇秒ないし三分経過時前後には誰でもテレビの燃焼に気づく筈である。そうすると、原告らがコンセント抜去後階下にいる間に何らテレビの異常を認めなかった事実から、本件テレビが原因で火災に至った可能性は否定しなければならない。

(三)  被告の推論の合理性について

そこで、被告のなした右推論が合理的であるか否かを検討するに、まず、被告の行った(実験1)は、その前提条件において以下のような問題点が存在するということができる。すなわち、第一に、前記認定のとおり、本件テレビは異常が生じるまで一時間三〇分以上も通電状態におかれ視聴されていたから、その各部品が通電により加熱していたことが明らかであるのに、被告の行った実験では右と同じ状態にあるテレビを使用しておらず、一時間三〇分以上も通電状態にあった本件テレビとこれと条件の異なる実験に供されたテレビとで、主要部品の燃焼可能性及び継続性を同一に論じることができるかについては不明といわざるを得ない。

次に、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、テレビの出火に至る過程において重要な要因の一つとして、部品に付着した湿気やキャビネット内部に堆積した埃があり、火が埃自体や埃の付着した部品に着火し、これらを介してキャビネットに拡大延焼する可能性があること、テレビ発火の際の燃焼継続性も、キャビネット内部に付着した湿気や埃の量に左右されることが認められるから、延焼可能性、燃焼継続性に重要な影響を与える湿気や埃の付着、堆積状況を本件テレビと同一の状態に設定したうえで実験を行わなければ、本件テレビの各主要部品の持続燃焼性等を正確に判定することはできないと解されるのに、被告の行った実験はこうした前提条件を満たすものとは認められない。

更に、Dは、主要部品材料のうち一部を選択して持続燃焼性の実験を行っているところ、選択しなかった部品を除外した理由について、合理的説明がなされていないから、実験対象から除外された部品を含めて主要部品材料に持続燃焼性がないと結論することには疑問がある。

これら(実験1)の問題点に鑑みれば、本件テレビのキャビネット以外の部品に持続燃焼性がなかったと即断することはできず、被告の推論のように、本件テレビのプラグをコンセントから抜いた時点で既にキャビネットに着火していたことを前提として、本件火災の時間的経過を帰結することには疑問が残るというべきである。

次に、(実験2)をみるに、Dは、被告が行った着火方法(後キャビネット内側のフライバックトランス保持用リブにニクロム線を当てて電力を供給し着火する)によるテレビの燃焼経過が、実際に本件テレビで起きた故障部位からの発火、キャビネット燃焼、延焼という燃焼経過と同視することができるとしているが、通電状態での発火と右実験におけるような方法による発火とをなぜ同視できるのか、右のような着火方法を取っても全く差異が生じないのか、また、着火部位を後キャビネットのフライバックトランス保持用リブにのみ限定してよいのかについて、必ずしも納得できる説明がなされているものとは認め難いから、前記(7)の推論もいまだ合理的なものとはいえない。

以上のとおり、被告が(実験1)(実験2)の結果から導いた前記(7)の推論は、本件火災における本件テレビからの出火可能性を否定するに十分なものということはできない。

したがって、被告の右反論には理由がない。

9  その他本件火災の経過について

本件火災の経過については、前記認定のとおり、一一月一八日午前一時一四分ころ、本件テレビから「シュ、シュ、シュ、バン」という音がし、その画面が消えたうえ、マグネシウムが燃えたような臭いがしたこと、そのため、原告らは、本件テレビが故障したものと考え、原告花子において、本件テレビとアンテナのプラグをコンセントから抜いたこと、そして、原告らは直ぐに事務所を出たこと、原告花子は便所に行った後、原告太郎に続いて二階に上がったこと、原告らは、同日午前一時四五分ころ隣の部屋に居た春子から知らされて、本件火災の発生に気付いたこと、本件テレビに異常が生じてから原告らが火災の発生に気がつくまで三〇分程度の時間に過ぎないことが認められる。右のような本件テレビの異常発生から本件火災発見に至る時間的経過を見ても、本件テレビからの出火を否定する事情はない。

10  右認定の事実を総合して考慮すれば、本件テレビから出火し拡大延焼して本件火災に至ったものと推認するのが相当である。他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  請求原因4(債務不履行責任)について

1  直接の売買契約について

原告らは、製造者による流通過程の支配、製造者から一般消費者へ向けられた宣伝広告、消費者の製造者に対する信頼等からすると製造者である被告と消費者である原告らとの間に直接の売買契約が存在するというべきであると主張するが、右事実から原告らと被告との間の売買契約を推認することはできないし、また、本件全証拠によるも、これを認めるに足りない。

よって、右主張は理由がない。

2  保証契約について

原告らは、商品の大量生産、大量消費の実態、消費者の製造者に対する信頼、技術や情報の偏在等の社会的状況に鑑みれば、製造者である被告は、自己の商品を消費者に向けて広く売り出すことによって、消費者に対し、その商品の欠陥によって生じる損害について黙示の保証ないし保証契約の申込をしたというべきであると主張するが、右事実から黙示の保証ないし保証契約の申込みがあったものと推認することはできないし、また、本件全証拠によるも、これを認めるに足りない。

よって、右主張は理由がない。

3  安全配慮義務について

原告らは、家電製品の製造者は、大量に商品を生産し、品質保証書を付ける等してこれを販売していること、消費者の商品に対する信頼は、製造者に対して直接生じており、消費者と製造者との間に、消費者と販売者の間よりも密接で直接的な関係が存在すること、欠陥商品が製造・販売されれば、販売者ではなくて、商品を使用する消費者の法益が侵害されること、商品の安全性をチェックする能力・技術を有しているのは家電販売店でも消費者でもなく、製造者のみであること等からすると、製造者と消費者の間には特別な社会的接触関係があると認められるから、製造者である被告は、消費者である原告らに対し、信義則上、自らが製造、販売する商品の安全性を確保して、その生命、身体、財産を害してはならない安全配慮義務を負っているものというべきであると主張している。

しかしながら、ある法律関係に基づいて「特別な社会的接触の関係」に入った当事者は、信義則上、当該法律関係の付随義務として、相手方の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負うが、右「特別な社会的接触の関係」に入った当事者といい得るためには、右当事者間に、雇用契約等に見られるような「指揮命令」「支配従属」の関係ないしこれに類する社会的・経済的関係が認められる必要があると解するのが相当であるところ、原告らは、本件テレビの製造者である被告との間に売買契約等の契約関係はなく、単に右テレビを使用していた末端の消費者に過ぎず、右のような指揮命令等の関係は認められないから、「特別な社会的接触の関係」に入った当事者にあたるものということはできない。

よって、右主張は理由がない。

4  したがって、原告らの債務不履行の主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

五  請求原因5(不法行為責任)について

1  製造物責任の要件

原告らは、被告に対し、いわゆる製造物責任の法理に基づき、損害賠償を請求するので、その性質・要件について以下検討する。

(一)  製造物責任の性質について

現代社会においては、消費者は、製造者が大量に製造し流通に置いた商品を購入し利用することで日々の生活を送っているが、テレビを含む家電製品については、流通の過程において販売会社や小売店が個々の商品の安全性を確認したうえで販売することは通常予定されていないし、また、これを購入する消費者も個々の商品の安全性の有無を判断すべき知識・能力を有せず、これを判断し得るのは製造者のみであること、そして、消費者は、このような商品について、製造者が商品を安全なものであるとして流通に置いたことに信頼を置いて購入・使用しており、商品の流通はこうした消費者と製造者との信頼関係に支えられており、これにより製造者は収益を得ていること、こうした商品の大量生産、大量消費のシステムは、一度欠陥のある商品が製造・流通に置かれると大規模な被害を発生させる危険性があり、欠陥商品から発生する消費者の生命、身体、財産に対する侵害の程度も、商品を流通に置くまでの製造者の調査、研究等に係わっており、被害発生を防止する措置も高度な技術、専門の知識をもって商品を製造した製造者にしか期待することができないことは、当裁判所に顕著である。

右認定のような事実からすると、広く消費者の日常生活に供される商品の製造者は、消費者との間の契約関係の有無に関わりなく、商品を設計・製造し流通に置くに際して、消費者(その家庭を含む、以下同じ。)の通常の用法による使用によって商品に危険な性状が生じ、それにより消費者の身体、生命、財産に対し損害を与えることのないよう安全性を確保すべき高度の注意義務(安全性確保義務)を負い、製造者が、右義務に違反して安全性に欠ける商品を製造・流通に置き、これによって消費者が損害を被った場合には、製造者は当該消費者に対しその被った損害を賠償すべき不法行為責任(製造物責任)があると解するのが相当である。

(二) 過失について

原告らは、製造者である被告の前記安全性確保義務違反を過失として主張・立証すべきところ、右注意義務の内容・範囲等を以下検討する(製造者たる被告に対し無過失責任を負担させるべき法的根拠は見当たらないから、原告らの無過失責任の主張は採用し難い。)。

(1)  ところで、専門的知識、高度な技術をもって商品を製造している多くの製造者は、自己の製造する商品の物理的、化学的性質等を最も良く理解しているのが通常であって、商品の欠陥から消費者の生命、身体、財産に対し通常生じ得る損害を予見し得る知識を有していることは、当裁判所に顕著である。右のような製造者の知識、能力等に、損害の公平な分担という不法行為法の理念を合わせ考慮すると、当該商品の性質からして、商品の設計、製造段階において何らかの欠陥が生じればその消費者の生命、身体、財産に損害が生じる恐れがあることが予見される場合には、製造者は、商品を流通に置く前に、可能な限りその安全性を確保するための調査及び研究を尽くさなければならず、その義務が肯定される場合には、製造者は、消費者が右商品を通常の方法で利用をしていたにもかかわらず発生した損害につき最高の調査、研究を尽くしても予見できなかったことを立証しない限り、消費者の通常の使用により発生した損害に対しても予見可能であったと推認するのが相当である。

そうすると、右のような場合には、消費者が商品をその合理的利用期間内に通常の使用方法で使用している際に、当該商品からその生命、身体、財産に生じた損害については、特段の事情がない限り、製造者に発生が予見可能なものであったと見ることができる。

(2)  次に、右のような場合に、製造者が予見可能な損害の発生を回避すべく課される安全性確保義務の具体的内容については、利用者の生命、身体、財産の安全確保の重要性と調査、研究により課される製造者の負担等を総合考慮して決定すべきところ、当該商品の性質、予見される損害発生の蓋然性、内容、当該商品が有する有用性、商品の消費者、通常の使用方法、使用期間、消費者における危険発生防止の可能性、商品の安全対策の技術的実現可能性、安全対策が商品の有用性に与える影響等の諸事情を総合して導くことのできる「当該商品の通常有すべき安全性」を確保すべき義務と解するのが相当である。

したがって、製造者の責任を追及しようとする消費者は、「当該商品が通常有すべき安全性」を基礎づける事実と当該事故を生じさせた商品がそのような安全性を欠いていた事実(欠陥の存在)を主張・立証すれば足り、商品の欠陥が如何にして生じたか、どうすれば欠陥を防止することができたか等まで主張・立証する必要はなく、当該商品が通常有すべき安全性を欠いていた事実が立証された場合には、製造者において、欠陥の発生が製造者の安全性確保義務違反によるものではないことを反証すべきである。

けだし、後に説示するとおり、製造者に対し要求される「当該商品が通常有すべき安全性」確保は過大なものではなく、最大限の努力、注意をもっても達成できないものとは通常考えられないうえ、仮に、製造者の責任を追求する消費者が、欠陥原因等を具体的に主張・立証しなければならないとすれば、特別な知識も技術も有しない者が、主として製造者の支配領域に属する事柄を解明しなければならないことになり、商品が完全に損壊し欠陥原因の特定ができなくなった場合には、製造者は常に免責されるという不合理な結果となり、不法行為法の本旨にもとるからである。

(3)  以上のとおりであるから、製造者において前記研究、調査義務が肯定される場合には、消費者において、当該商品をその合理的利用期間内に通常の使用方法によって使用している間に事故が生じたこと、右事故を生じさせた商品が「当該商品の通常有すべき安全性」を欠いていたことを立証すれば、製造者に商品を設計・製造し流通に置くに際して安全性確保義務違反の過失があったものと推定され、製造者において、欠陥原因を解明するなどして右推定を覆さない以上その責任を免れないと解するのが相当である。

2  被告の責任について

右に説示したところに従い、被告の責任につき、以下具体的に検討する。

(一)  被告による危険発生の予見可能性について

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、テレビは二万ボルト以上の高電圧を使用した家電製品で、放熱のために設けられた通風孔から埃が侵入し得る構造を有すること、高電圧部分は埃を吸着し易く、埃が湿気を吸うと部品の絶縁性が低下すること、また、他の家電製品に比べ電気回路も複雑で、部品の数も格段に多く、部品がミリ単位の距離でプリント基板という数ミリ程度の厚さの絶縁板に半田付けされていること、様々な故障が原因してテレビが発火したり発煙すること、国民生活センターにおいて収集した危害情報によると、昭和五八年から商品の危険内容「発煙・火花」項目においてテレビが第一位を占めていること、被告らテレビメーカーも、製造した一部のテレビについて、発火等の危険性を指摘した社告を出していることが認められる。

右認定の事実によれば、テレビは、その構造上出火する危険性のある電気製品であるといい得るところ、これに、テレビが極めて普及率の高い代表的な家庭電化製品であるのに、前記認定のとおり、本件テレビが製造された以前から設計ないし製造工程上の不具合による出火事故が発生していたことを勘案すると、本件テレビが製造された当時、被告を含む家電製品の製造者には、テレビが出火の危険性を有する商品で、その設計、製造段階において何らかの欠陥があれば、その消費者の生命、身体、財産に損害が生じる恐れがあることを予見することができたものと認められる。

(二)  本件テレビの通常有すべき安全性について

前記認定のとおり、テレビは出火の危険性のある家電製品で、製造者がこれを製造し流通させるに際して、十分にその安全性に関する調査、研究を尽くさなければ、その消費者の生命、身体、財産に対し損害が生じる可能性があることは明らかである。

また、テレビは、消費者の所有に帰したものであっても、その構造上、キャビネット内部(特に回路部分)を消費者が点検・調節等をすることを予定していない商品であるうえ、製造から一〇年以上にわたって安全に使用されることが期待されており、消費者は、その使用に際して、危険の発生することを念頭において、安全性確保のため特段の注意を払わねばならない製品であるとも、何らかの危険の発生を甘受すべき製品であるとも考えていないことは(むしろ、危険性のないものとして使用している。)、当裁判所に顕著である。

更に、〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、昭和五〇年代以降増加したテレビ出火事故を受けて、平成二年二月社団法人日本電子機械工業会内にテレビ安全特別委員会が設置されたこと、同委員会がテレビの安全性を高めるため基準作りを行った結果、同年七月に業界自主基準として「テレビジョン受信機の安全設計ガイドライン」が制定され、右ガイドラインに、電流漏れを防ぐために高圧トランスの巻線方式を変更したり、トランスと電気部品との距離を従来より大きくする等の安全基準が設けられたこと、右ガイドライン制定後に製造されたテレビの出火事故は少なくとも平成五年末まで国民生活センターに報告されていないことが認められ、右認定の事実によれば、テレビの製造者である被告に対しテレビ発火事故を防止するための調査、研究を要求することが過大な負担となるとは認め難いのであり、他にテレビの出火防止のための安全対策が技術的に不可能であるとかあるいはそうした安全対策が製品の有用性に有害な影響を与えるといった事実も認められない。

右のような諸点を総合考慮すれば、本件テレビの通常有すべき安全性とは、消費者である原告らが、通常の合理的利用期間内に通常の方法で利用している限り発火事故を起こさないような安全性を意味するものというべきである。

(三)  本件テレビの使用状況及び欠陥について

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 本件テレビは、被告が昭和五八年ころ製造したもので、同年六月丙山が東京都秋葉原所在の家電販売店で購入し使用していた。その後、丙山は、原告らの長女と結婚して大阪府八尾市に転居し、引き続き本件テレビを使用していたが、平成元年一二月に新しいテレビを購入したので、本件テレビを段ボールに入れて保管していた。

平成二年二月下旬ころ、原告の長男が丙山から本件テレビを貰い受け、本件建物二階の自室で使用していたが、東京に転居したため、原告らが、平成二年六月ころから本件テレビを一階事務所に設置し使用していた。

(2) 原告らは、本件テレビを前記スリッパ立ての上に設置し、その電源コードのプラグをテレビの西側壁にあった二口コンセントに差し込んで使用していた。本件テレビは、原告花子が、昼一二時ころ一時間位と、夕食後一、二時間位見るのに使用されていただけで、視聴後もプラグをコンセントから抜かないでスイッチだけで電源の切入を操作していた。

一階事務所は、原告太郎の仕事部屋及び来客時の応接室として使用され、多くの電気製品が置かれていたが、原告太郎が事務所の改装工事をした際、容量を考えて電気工事をしてもらったため、原告らは電気製品のコードを蛸配線にすることはなかった。

(3) 本件テレビは、乙川が購入してから一度も故障したり、調子がおかしくなったことはなく、原告らが修理に出したこともなかった。

(4) テレビは、直射日光の当たる所、熱気を直接に受ける所、埃、湿気の多い所、油煙の当たる所、不安定な所に置いたり、放熱孔を防いだりすると故障したり危険な事故につながるが、乙川、原告らの長男及び原告らはいずれも右のような場所に本件テレビを設置したことはなかったし、また、通常の方法で本件テレビを使用していた。

(5) 一般的に、テレビは一〇年以上にわたり家庭で使用される電気製品であるところ、前記認定のとおり、本件テレビは本件火災までに製造後六年程度しか経過していなかったから、本件火災当時も合理的利用期間内にあった。

右認定の事実によれば、本件テレビは、原告らが、その合理的利用期間内に通常の使用方法で使用していたにもかかわらず、出火し、その結果本件火災に至ったものと認められるから、通常有すべき安全性を欠如していたもの(欠陥の存在)というべきであり、被告には、本件テレビを製造し流通に置くに当たって安全性確保義務に違反した過失があったものと推認するのが相当である。

なお、被告は、単に注意深く設計・製造したことを一般的に主張・立証するのみで、本件テレビが通常有すべき安全性を欠いた理由を具体的に解明するなどして右推認を覆す必要があるのにこれをなさないから、結局、本件における被告の立証によっては、過失についての前記推認は覆らないといわざるをえない。

よって、被告は、原告らに対し、民法七〇九条により、原告らが、本件火災により被った損害を賠償する責任がある。

六  請求原因6(損害)について

(一)  原告太郎に固有の損害

六五二万六七五三円

(1)  事務所改装費・備品等

四七〇万二八五三円

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告太郎は、平成元年六月中旬ころ、中野工務店に依頼して本件建物の内装工事(以下「本件内装工事」という。)をなし、その代金として六一一万六〇〇〇円を支払ったこと、次に、同月中旬ころから本件火災までに、本件建物一階について、受水槽付加圧ポンプ、トイレの便座、サイクル間仕切り、電気配線、クーラー、事務所案内看板、電飾ガラス看板、照明器具の各設置工事(以下「本件設備工事」という。)を行い、その代金として合計二六八万八〇八五円を支払ったこと(〈証拠省略〉の領収書は、その日付からして本件設備工事に関するものとは認め難い。)、右事務所改装に伴い、「別紙備品購入費一覧表」記載の什器備品類を合計六一三万四四八二円で購入したこと、本件火災により、本件内装工事の全部、本件設備工事のうち事務所案内看板、電飾ガラス看板(合計三一万円相当)を除いたもの及び什器備品類が焼損したことが認められ、以上焼損したものの合計額は一四六二万八五六七円となるところ、これらの購入、設置後本件火災までの期間の経過による減価(損害を控えめに算定するため二割減価が相当と認める。)を考慮すると、原告太郎は一一七〇万二八五三円を下らない損害を被ったものと認めるのが相当である。

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、本件火災後、保険会社から、事務所の設備、什器備品類の損害に対し保険金七〇〇万円が支払われたことが認められるから、残損害額は四七〇万二八五三円となる。

(2)  自動販売機用コーヒー等六万円

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告太郎は、本件建物の前に清涼飲料水の自働販売機を設置していたところ、その補充用の缶コーヒー二〇ケースが本件火災により焼損し、六万円の損害を被ったことが認められる。

(3)  事務所保証金 一〇五万円

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告太郎は、本件建物を松本から賃借するに際して保証金三〇〇万円を差し入れたが、右賃貸借契約が終了し建物を明け渡した後に、右保証金の内二一〇万円が返還される約定になっていたこと、本件火災により本件建物が焼失したため、乙川から原告太郎に対し損害賠償請求の調停申し立がなされ、双方が弁護士に依頼して交渉した結果、平成三年一二月七日原告太郎は乙川に対し、本件建物の焼失による損害につき六〇〇万円を支払う、乙川は原告太郎に対し、右保証金のうち一〇五万円を返還する旨の示談が成立し、原告太郎は、保証金のうち一〇五万円のみの返還を受けたことが認められる。

右認定の事実によれば、原告太郎は、本来返還される予定であった保証金二一〇万円から現実に返還を受けた一〇五万円を差し引いた残金一〇五万円を、本件火災による賠償金の一部として乙川に支払ったものと認めるのが相当であるから、本件火災により右一〇五万円の損害を被ったものということができる。

(4)  家財道具一式一八万三五〇〇円

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、昭和三六年三月二三日婚姻して以来、家族が使用するための家財道具、衣服、電気用品、その他日用品類等の動産類を徐々に買い揃えていったこと、右動産類は、本件建物一階台所と二階の部屋に置かれていたところ、本件火災によりいずれも焼損したこと、保険会社は、右動産類の被災額を七三六万七〇〇〇円と査定していることが認められるから、原告らは、本件火災により、右動産類について七三六万七〇〇〇円を下らない損害を被ったものと認めるのが相当である。

また、右証拠によれば、本件火災後、保険会社から右動産類の損害に対し合計七〇〇万円の保険金が支払われたことが認められるから、残損害額は三六万七〇〇〇円となる。そして、右動産類は原告ら夫婦の共有財産と推認されるから、原告太郎の右動産類焼損による残損害額は一八万三五〇〇円ということができる。

(5)  データ復元費用

五三万〇四〇〇円

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告太郎は、昭和三八年八月に一級経営調査士の資格を取得して以降、社会保険労務士、行政書士等の資格を取得し、昭和四四年から「甲野経営労務管理事務所」を独立開業後、地元の中小企業から委託を受けて労災、雇用保険、健康保険、厚生年金保険等社会保険関係や会計関係、財務関係の業務を行っていたこと、本件火災当時、顧問先会社は五〇ないし六〇社にのぼったため、右業務遂行の便宜からコンピューターを導入し、顧問先から持ち帰った伝票の内容をコンピューターに入力して、顧問先毎の帳簿作成等の仕事に供していたこと、本件火災によるコンピューターの焼失によって右データが全く失われ、入力されていたデータを復元する作業を余儀なくされたこと、原告らは、個々の業務の期限までにデータの復元をするため、平成二年一二月末までは平均一日約五時間、平成三年一月から同年六月ころまでは平均一日約三時間残業してコンピューターへの入力作業を行い、少なくとも右作業に六〇〇時間を要したこと、右作業に要する一時間当たりの労賃は八八四円を下らないことが認められる。

右認定の事実によれば、原告太郎は、本件火災によりコンピューターのデータが失われ、その復元作業のため少なくとも六〇〇時間の入力作業を要し、その一時間当たりの労賃は八八四円を下らないから、これにより五三万〇四〇〇円の損害を被ったということができる。

(二)  原告花子に固有の損害

一八万三五〇〇円

前記(一)(4)において説示したとおりであり、家財道具一式は原告ら夫婦の共有財産と推認されるから、原告花子もその焼損により一八万三五〇〇円の損害を被ったものということができる。

(三)  春子の損害

(1)  逸失利益四六九〇万三三一二円

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、春子は、本件火災により二五歳で死亡したこと、春子は、昭和六〇年四月一日からジャンニ・ヴェルサーチ社に勤務し、同社から平成二年一月より死亡した同年一一月までの一一か月間に給与・手当として合計一九七万二七〇〇円(一か月当たり一七万九三三六円)の、右期間中に賞与等として合計一五六万四八六〇円の各支給を受けており、同年一二月には同年七月と同額の四九万一〇〇〇円の賞与を支給される予定であったことが認められる。

右認定の事実によれば、春子は、本件火災当時、年間四二〇万七八九六円の収入を得ていたものということができるところ、右収入をもとに春子の逸失利益を算出すると、次のとおり四六九〇万三三一二円となる。

420万7896円×0.5(生活費控除)×22.293(新ホフマン係数)=4690万3312円

(2)  死亡慰謝料 一八〇〇万円

本件不法行為の内容、その他本件に現われた一切の事情を勘案すると、春子の死亡による慰謝料は一八〇〇万円が相当と認められる。

(3)  動産類 五一八万三七二一円

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、春子は、昭和六三年三月から平成二年一〇月までの間にジャンニ・ヴェルサーチ社から衣類、靴類を合計二七六万九〇〇〇円で、昭和六三年一〇月から平成元年一二月までの間に菅生呉服店から呉服等を合計四二五万七五五五円で、昭和六三年一二月から平成二年三月までの間に株式会社西武百貨店から装身具等を合計一六一万二九八〇円でそれぞれ購入し所有していたところ、本件火災により全てを焼損したことが認められる。

右認定の事実によれば、本件火災によって焼損した春子の衣類等の購入時の価格は合計八六三万九五三五円となるところ、右衣類等の購入後本件火災までの時間的経過による減価(損害を控えめに算定するため四割減価が相当と認める。)を考慮すれば、右火災当時における価格は五一八万三七二一円と認めるのが相当であり、春子は、右衣類等の焼損により同額の損害を被ったということができる。

(4)  葬儀費用 一〇〇万円

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、春子の葬儀の費用として合計二〇二万一六九〇円を、墓地に建立する観音の製作費用として五三万四〇〇〇円を要したことが認められる。

右支出された金員のうち本件不法行為と相当因果関係にある葬儀関係費用は一〇〇万円と認めるのが相当である。

(5)  原告らの相続

右(1)ないし(4)において説示したとおり、春子の損害は七一〇八万七〇三三円となるところ、両親である原告らがこれを二分の一宛(三五五四万三五一六円)相続した。

(四)  弁護士費用

本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らすと、本件不法行為と相当因果関係にある弁護士費用は、原告太郎については四二〇万円、原告花子について三五〇万円と認めるのが相当である。

(五)  以上のとおり、原告太郎の損害額は四六二七万〇二六九円、原告花子の損害額は三九二二万七〇一六円となる。

七  そこで、請求拡張部分についての時効の成否について検討する。

1  時効の起算点について

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、原告らは、(一)本件テレビが故障した際、右テレビが被告製造にかかるものであることを確認したこと、(二)本件火災直前に本件テレビに異常な状態が発生したのを目撃していたため、春子から変な臭いがしていると知らされた時にも本件テレビが原因であると直ぐに推測したこと、(三)本件火災後、消防署員から事情を聴取された際にも、本件テレビが出火原因ではないかと述べたこと、(四)平野警察署に本件火災の出火原因を問い合わせたところ、被告への照会結果等から本件テレビが出火元であったとは判定できない旨返答を得たが、本件テレビが出火原因であるとの考えを変えなかったこと、(五)本件火災直後に、本件火災により本件建物が全焼し、春子が死亡したほか、右建物内に置いていた動産類等が焼損したことを知ったこと、(六)被告に対し本件火災により被った損害の賠償を請求するため、弁護士に相談のうえ、平成三年三月八日本件訴を提起したことが認められる。

右認定の事実によれば、原告らは、遅くとも本件訴を提起した平成三年三月八日には、損害及び加害者を知ったものと認めるのが相当である。

2  一部請求と時効の中断の範囲について

原告らは、本件訴の提起にあたり、訴状に、その生じた損害は、(1)春子の損害については、逸失利益二六二四万九一一五円、死亡慰謝料二〇〇〇万円、焼失した動産類は調査中で、原告らが相続した損害賠償請求権はいずれも一〇〇〇万円を下らない、(2)原告ら固有の損害については、慰謝料各三〇〇万円、事務所の什器備品、家財道具は調査中、(3)弁護士費用は各一〇〇万円としたうえ、「原告らは被告に対し、債務不履行または不法行為に基づく損害賠償の内金として、それぞれ金一一〇〇万円及びこれに対する債務不履行または不法行為の翌日である平成二年一一月一九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。」と記載し、被告に対し、原告らに生じた損害金の内金一一〇〇万円とこれに対する遅延損害金の支払を求めたこと、しかし、右訴状には、後に請求の拡張がなされることを予知させるような記載はなされていなかったことは、当裁判所に顕著である。

ところで、一個の債権の数量的な一部についてのみ判決を求める趣旨を明らかにして訴を提起した場合には、訴提起による消滅時効中断の効力は、その一部についてのみ生じ、残部には及ばないと解するのが相当である。また、不法行為による損害賠償請求権は、損害が財産上のものであるか精神上のものであるかを問わず、同一原因によって生じた全損害につき訴訟物は一個であると解されるところ、右認定の事実によれば、本件訴の提起時における原告らの請求は、明示的一部請求に該当すると認められるから、右訴提起により裁判上の請求として時効中断の効力が生じるのは、原告らそれぞれにつき一一〇〇万円とこれに対する遅延損害金の支払を求める限度であるというべきである。

そして、原告らが請求の拡張申立(原告太郎については六八三五万五二四三円及びこれに対する遅延損害金、原告花子については四〇一八万七〇〇六円及びこれに対する遅延損害金)をなしたのは、本件訴提起後三年以上経過した平成六年九月九日であることは当裁判所に顕著であるから、右請求の拡張部分については、裁判上の請求としての時効中断の効力が生じないことは明らかである。

3  時効の援用について

被告が、原告らが請求を拡張した部分について消滅時効を援用したことは、当裁判所に顕著である。

4  裁判上の催告による時効の中断について

原告らは、本件訴の提起時から、訴訟物とならなかった残部についても裁判上の催告をしていたから時効は中断していると主張する。

しかしながら、一部請求であることを明示している場合には、当事者は権利の一部についてのみ訴を提起しているに過ぎないから、残部について裁判上の催告がなされているものとはいえないと解するのが相当であるところ、原告らは、前記認定のとおり、不法行為に基づく損害賠償金のうちの一部の請求(いずれも損害賠償金の内金一一〇〇万円とこれに対する遅延損害金の支払請求)であることを認識しながら、その旨を明示して本件訴を提起したものと認められるから、本件訴の提起時に、残部について裁判上の催告がなされていたということはできない(当事者が一部請求であることを知りつつこれをなした場合には、当事者は敢えて全部請求をしないで一部請求をしているのであるから、このような当事者を保護する必要はない。)。

なお、原告らは、訴状において損害をなお調査中であると明示していたこと、残余を請求しない意思を表したことはないことを挙げて、本件の場合にも、残部につき「裁判上の催告」があったものと認めるべきであると主張するが、原告らは、訴状において、損害賠償金の一部の支払を明示して請求しているにすぎないことからして、右のように解するのは相当でない。

したがって、原告らの右主張は理由がない。

5  以上のとおり、原告らの被告に対する不法行為に基づく損害賠償債権は、本件訴状において訴訟物と明示された原告らそれぞれについて一一〇〇万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める部分については訴提起時である平成三年三月八日に時効が中断されているが、残部については、時効の起算点である平成三年三月九日より三年以上経過後に請求拡張の申立がなされたものであるから、時効により消滅したというべきである。

八  次に、原告らは、被告による請求拡張部分に対する消滅時効の援用は権利の濫用として許されないと主張するので検討する。

〈証拠省略〉及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  被告は、本件火災後、平野警察署から被告製造にかかる同型のテレビの出火に関する情報の有無について照会を受けたのに対し、そのような報告はなく、本件火災はテレビが原因であるとは考えられない旨回答した。また、被告は、右照会を受けた後も、原告らに対し、本件火災に関して問合わせをしたことはない。

2  原告らは、被告に対し、平成三年三月八日本件訴を提起した。これに対し、被告は、答弁書(平成三年五月一三日付)において、原告が訴状で本件テレビの型式として記載した「一四CSF1」は「一四C―S一F」の誤りだと推測されること、「一四C―S一F」は原告らが北野において購入したと主張する昭和五八年六月当時にはいまだ販売されていなかったことを指摘し、訴状において主張されているテレビをその当時製造し、流通に置いたことを否認した。

更に、被告は、第四回口頭弁論期日(平成三年一二月九日)において、「一四C―S一F」型のテレビと「一四C―B一二E」型のテレビの各写真を提出したうえ、本件テレビは「一四C―B一二E」型のテレビであると思われると主張したところ、原告らも、その後に、購入時の保証書が発見されたことなどから、本件テレビは、「一四C―B一二E」であると主張を訂正した。

3  被告は、本件訴状の記載が必ずしも十分なものではなかったことから、前記答弁書において、争点を明確にするため、原告らに対し、①「消費者に対して、火災の危険を防止するに必要な使用上の指示をするなどの火災発生防止についての万全の注意を払うべき義務がある。」との主張に関し、被告がいかなる使用上の指示をすべきであったというのか、②保証責任に関し、その法的根拠を明らかにすること、③欠陥商品を製造した不法行為の主張に関し、当該テレビの何が欠陥といえるのか明らかにするよう釈明を求めた。

しかし、被告は、右以外に、本件訴訟において、原告らに対し、本件テレビからの発火についての具体的なメカニズムを主張するよう求めたことはない。

4  被告は、第三回口頭弁論期日(平成三年九月三〇日)において被告製造にかかる一四型テレビの一般的な回路図を添附した準備書面を、第五回口頭弁論期日(平成四年二月二〇日)には、第四回口頭弁論期日(平成三年一二月九日)において本件テレビの型式が確定したことから、同型式のテレビの取扱説明書及び配線図をそれぞれ提出した。

5  第七回口頭弁論期日(平成四年七月二三日)から第一一回口頭弁論期日(平成五年二月一八日)にかけて、原告らの立証として原告太郎、原告花子、証人E、証人Cの尋問が続けて実施された。

被告は、第一二回口頭弁論期日(平成五年四月二二日)において、原告らが視聴していた「森脇・山田の抱腹Z」の開始時間等について調査嘱託の申立をし、同番組のビデオテープを提出した。そして、被告は、原告らの右供述内容と調査嘱託の結果を参考にして、本件テレビに故障が生じた後本件火災が起きるまでの時間的経過を推測・整理したうえ、第一四回口頭弁論期日(平成五年七月二二日)において、前記燃焼実験結果報告書を提出し、本件火災の時間的経過からは本件テレビが出火原因とは考えられない旨主張し争った。

6  原告らは、本件火災による損害を被ったため、平成三年三月ころ税務署に対し、雑損控除を受けるため、災害を受けた資産の明細書を作成し、提出した。

右認定の事実によれば、被告は、原告らの主張・立証責任に属する事項について、争点を明確にするため相当な限度での釈明を求めたり、原告らの準備の不十分に起因して、当初本件テレビの型式が誤っていたため、これに対し疑問を投げかけたり、一方当事者として当然なすべき本件テレビの出火可能性について反証したにすぎないのであり、敢えて原告らをして立証の負担を増大させたり、請求の拡張を妨げようとして反証をなしたものとは認められないし、また、被告において、本件テレビの配線図等の提出を拒否したこともないうえ、原告らにおいて、請求拡張部分について損害立証の資料を訴提起後三年以内に収集することが著しく困難であったとも認め難い。右事実に、原告らは、本件訴提起に際して、弁護士である原告ら訴訟代理人を選任し、訴訟を遂行してきたのであり、原告ら代理人としては、法律の専門家として、右時効期間内に請求拡張の申立をなすことは容易であったことをも考慮すれば、被告による消滅時効の援用が権利の濫用にあたるものということはできず、他に権利の濫用にあたると認めるに足りる証拠はない。

よって、原告らの右主張は理由がない。

九  結論

よって、原告らの本訴請求はそれぞれ一一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日の翌日である平成二年一一月一九日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないので失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大谷正治 裁判官牧賢二及び同北岡久美子は、転補につき署名・押印できない。裁判長裁判官大谷正治)

別紙商品購入費一覧表〈省略〉

別紙建物平面図〈省略〉

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